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落ちこぼれ王子、聖剣を抜いたら女の子になった  作者: 白保仁
一章

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2/13

一話

 聖礼の儀――王族が成人として認められるための式である。

 アルテリア王国の王家は、かつて聖剣に選ばれた一族。その象徴として、王都バルテーンの聖壇には今も聖剣が突き立っている。


 もっとも、聖剣を引き抜けた者は五百年前の初代国王ゲイルバーグただ一人。

 それ以来、聖剣は誰の手にも動かない「儀礼の象徴」になっていた――戦が再び始まった今も。


 聖礼の儀は、その聖剣に手をかけ、神父から初代国王ゲイルバーグの御言葉をいただく。

 そして、それを胸に刻むと誓う。儀式の内容だけ聞けば、実に簡素だ。


「エル様、お綺麗です」


「……それって、誉め言葉なの?」


「もちろんですわ」


 お付きのメイド――アリサは礼服の襟を整え、満足そうに頷いた。

 近づきすぎないのに、必要な時は迷いなく指先が伸びてくる。そういうところが、彼女らしい。


 エルは鏡に目をやった。

 礼服は仕立てが良い。だが、肩の線が細く見えてしまうのが、どうにも落ち着かない。襟元が妙にひやりとして、鎖骨のあたりに空気が触れる。


(……綺麗、か)


 華奢な身体がコンプレックスのエルは複雑な気持ちになりつつも、数少ない味方の言葉に苦笑いで返した。


「エル様も、聖礼の儀を受けるお年になったのですね。アリサ、感無量です」


「アリサは大げさだなあ」


「だって誰もお祝いに来てくださらないのだもの。アリサくらいは大喜びしておかないと。……エレナ様だって、何もありませんでしたし」


「母さんは疲れてるんだ。しょうがないよ」


「でも、たった一人の息子の聖礼の儀ですよ。ひと言くらいあってもいいのに……」


 エレナはエルの実の母親である。

 エルを産んだのち側室として迎えられたが、後宮の闇が深かったのか、心を壊してしまった。父親同様、母親とも、エルは会話した記憶がほとんどない。


 それでも今日くらいは。

 ひと言くらい、声をかけてほしかった――そんな未練が、胸の奥でまだ燻っている。


「……アリサのその言葉だけで、僕は救われてるよ」


「まあ。なんていい子に育ったんでしょう。およよ」


 アリサは綺麗な栗毛を揺らし、わざとらしく涙を拭う仕草をする。

 緊張をほぐそうとしてくれているのだ、と分かるのが嬉しくて、エルは思わず口元をゆるめた。


「聖礼の儀はすぐに終わるさ。問題はその後だ」


 ドウリー兄様の「戦場に送る」という言葉は冗談ではないだろう。

 剣術も魔術も、王族として一通り習ってきた。だがエルはどれも人並みだった。


 むしろ、いくら体を鍛えても筋肉があまりつかず、剣術などは人並み以下かもしれない。

 腐っても王族だから、一兵卒に紛れ込まされることはない――そう言い聞かせても、戦場では死は平等だ。


「できれば文官の真似事でもしていたかったよ。ドウリー兄様も、なんであそこまで……」


「エル様は、もっと鏡をご覧になったほうがいいです」


「……なに?」


「美しいものは、嫉妬を集めるものです」


「さすがにそんなことで、殺そうとまでするかい?」


「男の嫉妬は醜いものです」


 アリサの言い切りに、エルははあっと溜息をついた。


「とりあえず、聖礼の儀はさっさと終わらせてくるよ」


 そう言って、エルは聖壇へ向かった。


***


「我が剣は己のために抜かれず、弱き者のために抜かれる──」


 ライロール神父が、厳かな声で初代国王ゲイルバーグの御言葉を読み上げる。


 聖壇の間には、まばらではあるが列席者がいた。

 騎士団長ハインバル、宰相クリストン、軍部卿サリザード。国の重鎮たちだ。第十二王子とはいえ、成年の儀なのだから顔を出さざるを得なかったのだろう。


 露骨に退屈そうな者もいる。

 だが、この三人だけはしかめ面のまま、御言葉に耳を傾けていた。


「我は民を導くために剣を振り、弱き者を守るために剣を振る。……エル・アルテリア殿。汝はこの御言葉を胸に刻み、生涯忘れぬと誓いますか?」


「誓います」


 声が、ほんの少しだけ上擦った。

 自分でも分かる。エルは喉を鳴らし、呼吸を整える。


 あとは手順どおりに、聖剣に手をかけるだけだ。


 聖壇の中央に突き立つ聖剣の柄を握る。

 冷たい金属の感触が掌に伝わり、指先がかすかに痺れた。


 ――子供のころは、この伝説に憧れた。

 自分がこの場に立つことになるなんて、考えたこともなかったのに。


「……ん?」


 違和感。


 固く動かないはずの聖剣が――わずかに、きしむように揺れたのだ。

 錯覚じゃない。柄を握る手に、確かな反動が返ってくる。


「えっと……?」


「どうなさいましたか、エル殿?」


 ライロール神父の声が、遠く聞こえる。


(いや、まさか。そんなはずは――)


 抜けそうだ。


 喉の奥がひゅっと鳴る。

 抜いていいのか。抜いたらどうなる。頭の中で言葉が渦を巻く。


 けれど、ここで手を離すほうがよほど不自然だ。

 半ば反射で、エルは力を込めた。


 その瞬間だった。


 聖剣が眩い光を放つ。

 目を焼くような白光が弾け、何も見えなくなる。どよめきと悲鳴が混じった声が、どっと湧き上がった。


 次いで、全身を貫くような痛みが走る。

 骨の芯までかき回されるような熱が、身体の内側から吹き上がる。息をすることさえ忘れた。


「っ──!?」


 ドン、と衝撃。

 身体が後方へ弾き飛ばされる。受け身も取れない。視界が回る。


 ――だが、誰かの腕がエルを受け止めた。


「エル殿下……! お怪我は――……ん?」


 声の最後が、妙に濁った。

 その瞬間、エルの意識はぷつりと途切れた。

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