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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.12 分断――放浪

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03





 文書通信(メール)もなしにいきなり近付いてきたその男に、流石に私は吃驚した。これはまったく想定外のことだった。しかしキース・バートン氏は平然とした顔をしている。前回会った時はもっと思い詰めたような顔をしていたように記憶(メモリー)している。今は憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔をしている。


 それもその筈、()領袖と表現したように、今のバートン氏はもうAEのCEOではない。私たちが引き起こした〈ハドリアヌス〉事件に前後して、彼はひっそりとその座から辞任していた。そのニュースは私も把握していた。


「そのあなたが、今私に接触するというのは――」

「きみに揺さぶられたからだ」


 表向きは健康上の理由で辞任した、となっている。しかしその実際は、守矢が仕掛けた誘拐事件が彼にショックを与えたものである。心にダメージを与えた、とするならば健康上の理由というのもあながち嘘ではないのだが。


「キースさんは私を恨んではいないのですか?」

「なにを恨む必要がある? いやまあ、〈スピアー〉に対してはともかく、きみは単に仕事を果たしただけなのだろう。それに私は辞められて清々しているんだからね」


 はあ、と生返事をする私。どうにもバートン氏の心の裡が読めなかった。私としては、経緯からすればこちらを敵視してもいい筈、というよりはそれが自然なように思えるのだが、人間心理というのはよく分からないところがある。


「辞めたかったのですか? AEのCEOという巨大な権力を持って――」

「それゆえの不安をきみに突き付けられたということだ。そして私は立場などは自分の人生にはさほど重要でなかったと気付いたのだ。だからきみには感謝すらしているのだよ」


 どんどん訳が分からなくなる。だからといって個人的に私に接触する必要はどこにもない筈なのだが。


「今は退職金もたんまり貰って悠々自適の隠遁生活だよ。もっと早くこうしていればよかったと思うほどだ」


 私のライブラリにある彼の姿は、時には強硬な手段も使ってAEでのし上がった野心家だった。それが何故こんなことになっているのか。だが確かに、今ここに立っているキース・バートン氏の姿は牙の抜かれた狼のように弱々しく――しかし自身が言う通りにスッキリもしているように見えた。


「それはよろしいことのように思えます」

「だがきみにはそれなりの責任を感じてもらいたい」

「どういう意味ですか?」

「すこし付き合ってもらえるだけでいいんだ」


 私はなお彼が私に執着している理由を理解出来なかった。そもそも彼が根無し草になってしまった私を一番最初に見つけたのも不可解。まさかとは思うのだが、あれからずっと、バートン氏は私をつけ狙っていたのか?


「〈スピアー〉から離れた今がチャンスだと思ったんだ」

「何故です? 〈スピアー〉と離れた私などに、なんの価値もないでしょう」

「そうか? マスターの軛から放たれた完全自律思考型AIというのは――とても興味があり、魅力的だ」


 ここで彼を突き放すのもよくはないな、と判断した。第一線から退いたとはいえ、3大企業(ビッグ・トラスト)に影響力はなお残っているだろう。ここで私が拒否すれば、CSAに情報を売り渡す可能性も考えられる。


「きみの行く末が非常に気になる。だがそれ以前に――」


 それから彼は驚くべきことを言った。


「私はきみに惚れてしまったんだよ」

「はあ?」


 いよいよ意味が分からなくなってくる。いや、人間がAIに惚れるというのは――今ではよくあることである。しかしながら、私は非道な色仕掛けで彼を誑かしただけのこと。姿形(アバター)も、擬似人格も変えて彼に迫ったのだ。あの時の私は偽物だった。


「私はあなたに本当の私を見せていません。それに惚れるとは?」

「そう言ってくれるな。あの時は判断力が低下していたが――これでも私の根っこはエンジニアだ。AIのことを解析するのは得意だよ」

「――私の本質を見抜いたと、あなたはそう言うつもりなのですか」

「ああ。そしてきみのことがとても素敵だと思った」


 彼はすこし散歩をしようと言った。私は素直に従った。AEの前CEOと少女型のAIが連れ歩いている姿はかなり奇妙に映ると思ったのだが、そんなに注目はされなかった。NNS世界ではそういったアンテナを張っているひとは極小であり、よくも悪くも個人のことしか考えていないひとばかりなのだ。


「私はそれほど魅力的でしょうか」

「惹かれた理由はいくつもある。しかし一番大きいのは――やはりエンジニアとしての性だそうな。新鮮で独創的なAI。そこに惹かれた」

「それでは、自分でそういったものを作ればいいのでは?」


 はっきりと「惚れた」と言ってくれた相手にこのような対応をするのは、すこし冷たいような気もした。しかしだからといって簡単に靡く訳にもいかない。しかしながら、彼は人間とAIの恋愛というものが、決して双方向的にはなり得ないことを分かっているのだろうか。分かっているはずだ。だがそんな正常な判断を狂わせてしまうものこそ、「恋愛」という感情であると私のライブラリには――恐らくは守矢の諧謔として――登録されている。


「それもいいだろう。まぁ、きみをモノに出来るとも思っていないから、いずれはそれを試すことにもなるだろう。だがそういう意味でも、ベル、きみを知りたい」


 そして彼は私を連れ回し――ネオ・トウキョウをぐるりと一周した。そしてその最後に、「ここには是非きみと一緒に来たかった」と言って、そんなに時間も経っていないのに妙に懐かしく感じるお店、「ゲーミングカフェ・オールドスタイル」に導いたのだった。

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