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するべきことがなにもない、というのが私を困惑させていた。これまでは守矢が仕事を用意してくれていた。情報収集のための自由行動にも、彼の役に立つため、そんな意義があった。人間に羽を与えてもいきなり空を飛べないのと同様、目的の存在しない自由が私に不意にやってきて、どうすれば良いか分からなかったのだ。
これはAIにとっては悪いことである。私は「道具」なのだから。にもかかわらず守矢のところに戻る努力をしなかったのは矛盾もしている。
「私って、なんなんだろう」
人間と違って食っていく必要がないため、自発的に仕事を探す理由がない。とすればこのまま放浪してこの世界をそのまま見て回るのもいいのかもしれない。しかし生存のためではなく実存の為に私は仕事を欲していた。
しかし――私は盗みしか仕事を知らない。この前そこに殺人が加わったが――この状況で反社会的行動をするのもあまりよくないと判断する。
主人を失ったAIの行きつくところはどこなのだろうか。いや。それ自体がおかしな思考なのだ。普通のAIであればそのままでいいのだ。しかし私は完全自律思考型AIだった。自由に思考できる余地がある。
しかし鬱々と自分の存在意義を云々しても始まるまい。今のところは、自分からなにかを動かす必要はない。
私はニュースを監視し続けている。それに付随する市井の話も。エイドリアン・ジョンソン=リー氏は世の平穏を訴え、NNS世界史上最悪の犯罪者〈スピアー〉を口を極めて罵り、全力での排除を訴えている。しかし守矢も軌道エレベータの潤沢な性能を使って防御線を敷いている。CSAでさえも迂闊には手を出せない存在になっていた。そして彼は私を探している様子はない。
「〈ハドリアヌス〉事件」を追い続けていても気が滅入る――という感覚が私に芽生えていた――ので、ほかの楽しい話もないか、と探してみた。気になったのは最新ゲームプラットフォーム〈サラスヴァティ3〉の始発タイトル、MMORPG「レジェンダエリー・ソード」が発売すぐに1000万の売上を記録したというものだった。
「ゲームをやるのも面白いのかな」
と最初は思ったが、すぐにその可能性は捨てた。私はAIだからゲームをやるとなると「遊び」ではなく「解析」になってしまう。前にやったシューティングゲームも、自分の性能を確認できたという点では満足したが、別に面白いとは感知しなかった。そもそもその時にはまだそういった感覚がなかったのもあるが。
そして解析するとなれば、ゲームなどよりもこの世界そのものを対象にした方が面白い。そう感じる。
裏社会で生息していたものだから、こうやって特に目的もなく普通の街を歩いているとそれだけでもなにか新鮮なものがある。守矢とジェフ――と、私――が引き起こした未曾有の事件も、一般市民にとってはどこか夢物語のように見えているらしかった。電力供給が途絶えるのではないか、と心配しているひとも中にはいたが、現状その兆しはないので、逼迫した心配ではなく漠然とした不安に留まっていた。
NNS世界の人間はのんきそのもの。肉体の呪縛から完全ではないにせよ解放され、彼らは新たに創造されたこの世界を理想郷として、楽しんでいるようだ。まあ、おおむねのひとは。3大企業の支配とか管理とかは、特に気にもしていない。
TRIAが肉体世界の生命維持ポッドの電源を切れば死んでしまう。そういった危険も意識していない。そんなことはしないだろうという楽観的確信に満ちている。それでいいのかどうか、私には判断する材料はないし、また判断すべきでもない。
そして、そんな世界に生まれ、育まれ、そこにしか存在意義がないのが私。
存在意義なんて考えなくてもいいのかもしれない。そんな思考はなくても生きていける。だが私は変わってしまった。さらにまずいのは、この変化は現在進行形だということである。その先にあるのは――自分のことながら――空恐ろしい――
しかしそれよりも先に現実的問題もある。私は間違いなくCSAに狙われている筈だ。今のところは見つかっていないが、かれらの捜査能力からすれば私の場所を特定するのはそう難しくないだろう。正直に言おう、私は消去されるのを怖れている。それはどういう意味か。そこに、私には生への欲望が芽生えているのを発見する。
速やかに隠れ家を探さなくてはならない――今のように、クラウドサーバで浮遊している状態は危険極まりない。しかしどうすれば? 私には自前のサーバを購入ないしは自作することはもちろん不可能である。自作はフィジカルに私が存在しないのだから当然だし、購入という面でも、金銭の流通がCSAの信用情報に管理されている現状では難しい。守矢の作ったような裏ルートも使用できないのだ。
どうすれば――
「まあ、本当に追い込まれてから考えればいいか……」
どうも私の思考回路はのんきに出来ているようである。本質的なところに楽観主義が存在する。それは守矢の無意識が投影されたものだと推論できる。
そういう訳で、今は目的もない情報収集――私にとっての食事――を続けていこう。
と思っていたのだが、私を最初に特定したのはかなり意外な人物だった。この世界の最重要人物のひとりであり、かつて私が罠にはめた男。
「やあ。きみとはもう一度会いたいと思っていたんだ」
それはAEの元領袖、キース・バートン氏だった。




