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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.11 ―熱圏―

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08





 私が彼女の情報を捉えたことはまだ気付かれていないようだった。〈マーセナリー〉――いや、伊東美紗は未だ自信満々に私に対する攻撃を続けている。私は自分の手管の巧みさを自画自賛したくなった。ここまで隠密(ステルス)にデータハックできるとは思っていなかった。それもまた静かなスピードの賜物である。


 とはいえ、個人情報、住処(アドレス)まで握ったからといって、すぐに殺害できるというものでもない。いまここにいる伊東美紗をいなして、アクティヴ状態をキャンセルさせなければならない。


「お前は私の命を狙うのね」


 彼女は私の殺意を察したようだった。正確に言えば私自身の殺意ではなく、守矢の殺意なのだが、ここで私が生き残る為には同じこと。


「それがなにか悪いことかしら? あなたもこういった商売(ビズ)を生業にしているのなら、ずっとそういった危険は覚悟の上でしょうに」

「AIに殺されるほど私の命は安くないわ」


 しかしあなたは今からそうなるのだ――とは言わなかった。確信があるまで言わないAIの癖でもあるし、あるいは単純に余裕の為でもあった。


 完全自律思考型AIが、人間を殺害する、その史上初めての事件(ケース)を目の前にしながら、表向きには私は冷静そのものだった。殺す機能(スペック)は持たされても、実際にその時が来るとなると――もうすこし惑いが生成されるのではないかとも思っていたが、そうでもなかった。


 何故だろうと思い、すぐにその解答は生成された。


 私は彼女に――「伊東美紗」に――親愛も憎悪も抱いていないからだった。ゆえに仕事として純粋に彼女を「始末(キル)」できる。冷たいのかもしれないが、しかし冷たくないAIなど――特にこのような用途に作成された――いるものだろうか?


〈マーセナリー〉の攻防一体の戦闘は大したものだった。こちらが迂闊には手を出せないほどに鋭利かつ柔軟である。AIの運用も一流。ここにきて私たちを捉えるために雇われただけのことはある。それにこちらの戦闘データもこれまでの流れでつかまれている。


 だがそれはこちらも同じこと。


 私はAIの、機械の、人間にはない強みを活かすべきだと判断した。人間は肉ある存在。だから連続戦闘するとどうしても疲労がでてくるものだ。こちらにはそれがない。ハードウェアが壊れない限りは半永続的に安定したパフォーマンスを維持出来る。そして今私のバックにあるのは巨大なシステム――軌道エレベータ管理システムである。


「あなたは私には勝てないわ。今ここで下がるなら見逃してあげるけど?」


 それは私が示した――独断の――慈悲だった。もちろん、彼女は従わないだろうと確信した上での勧告である。案の定、伊東美紗はまだ自信満々に戦闘を続けている。私が半自動的に生成しているダミーデータに向けて。


「AIが人間を超えるなど、あり得ない」

「演算処理能力では、このネットワーク世界ではこちらのほうがはるかに上。それくらいは分かっているでしょう?」

「AIには処理できないものが人間にはある!」


 それが彼女の矜持だったのだろう。それはなにも彼女独自のものではない。ジェフも、アスムッセン氏も、〈レザー・エッジ〉も――守矢ですら、情報処理能力はAIのほうが上でも、あくまで道具であるとしか見ていないだろう。しかし。


 しかし――私はこの局面でこうも思う。私は道具以上の存在になりたがっているのか? そんな思考が生成されること自体、危険なものだった。


 しかし。


 私は伊東美紗の「裏口(バックドア)」に向けて「Ec3」を向けた。いつでも――()()()。殺すこと、生かすこと。それを握り、そして行使することが――果たして――AIにとって――必要なものなのか――


「やられる前にやれ。それが大原則だ」


 私を無慈悲にしたのは、守矢の簡潔な言葉だった。殺す。ただそれだけの話。生きる為に殺す。ただそれだけの話。事態は呆れる程に単純(シンプル)


「Ec3」、発動。


 私は自身をデータ細分化し、捉えた伊東美紗の住処(アドレス)に侵入する。裸の彼女がそこにはあった。そしてネットワークから、脳神経に埋め込められ、繋がっているナノコンピュータに過剰な程の通信(トラフィック)情報(インフォメーション)を注ぎ込む。人間の脳はその負荷に耐えられない。脳が焼き切られる。そうして脳死する――それを一瞬で行うのが殺人用ソフト「Ec3」だった。


 私がそれを裏側から打ち込むと、彼女も、彼女の使役するAIソフトも沈黙した。


「――あ、あぁ、お、まえ……わたし、を……」

「気付いた時にはもう手遅れ。私を侮ったことを天国で悔いなさい」


 地獄ではなく天国と言ったのが、せめてもの私の慈悲だった。伊東美紗が、個人としては決して悪人とは判断していなかったのもある。


 するどい脳神経(ニューロン)への刺激は、叫ぶような断末魔は上げさせない。彼女は――静かに()()()肉体(フィジカル)のほうでも停止しているだろう。


 私の、初めての殺人。それが、これだった。そこにはなんの感慨もなかった。私はAIなのだから当然だろう。


 視覚化情報(ビジュアライザ)で示されていた彼女の姿もモザイク状になり、そして消える。AIも停止している。


「よくやった、ベル。ぼくの理想通りだ。それで、なにか感想はあるかい?」

「いや、別に――」


 私はもっとほかになにかを言うべきなのかもしれなかった。だがその機会は――おそらく永遠に――失われた。伊東美紗はこの期に及んで、恐るべき罠を仕掛けていた。ここまで想定しての罠だったのか。それとも今際の際の矜持だったのか、それは分からない。


 しかしそれは発動し、私は守矢と通信しようとしても出来なくなった。さらに言えば軌道エレベータとの連結(リンク)も切断された。すべては、恐らくは――伊東美紗が死後自動的に発動するように仕向けられた、分断プログラムだった。


「な――〈スピアー〉、守矢――」


 私が情報を発しても彼からはなんの応答もない。私はここに至り、本当の意味で孤立してしまった。


 しかし、しかし、しかし。これが伊東美紗の最後っ屁だったとするなら、完全自律思考型AIを作成者から分断するものだったとすれば。


 その意図は? だが死人に口なし。彼女はもう何も語らない。

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