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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.11 ―熱圏―

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05





 第4段階制圧完了(コンプリート)。予定よりも進行(プロセス)は早い。守矢とジェフの仕事も精密かつ迅速である。それに乗って私も〈ハドリアヌス〉システム中枢をジャックしていく。


「ここまで来たら通常の発電能力は失っている筈だ」


 それはいささか不穏な話でもあった。電子に生きるAIたる私は電力の供給がなくなると消えてしまう。その意味では、私は自身の首を絞めるような仕事をしているのかもしれない。しかしこの軌道エレベータの電力がすべて私のものになったら?


「状況なお良好。敵性存在を処理します」


 守矢が言った通り、敵は私の破壊ではなく拿捕を狙っているようだった。そこまで私のデータに価値があるかどうかは――私自身では判断できないけれど――ともかく相手はそういう目で見ているらしい。


「かわいい女の子は老若男女問わず愛さずにはいられないものだからね」


 守矢の調子は全然変わらない。この男は今際の際までこんなことを言っているのかもしれない。もっともそれはまだまだ先の話だが。私の為にも、彼をここで失う訳にはいかない。そういう姿勢で私は戦闘している。


「私の容姿(アバター)をそう作ったのは、そんな意味があるのですか?」

「いや、言ってみただけだ」


 第5段階にまで入ると当然敵の攻撃も激化する。最新鋭の攻撃型(アサルト)AIが私に襲い掛かってくる。メモリが擦り切れるような感覚――AIの私に疲労という概念はない筈だ。なのだが、私はそれに近いものを感じていた。辛抱強く打刻(ピン)を続け、敵を捉え続け、状況によってプログラムを使い分けて対処する。


 データの暗黒の中で私は飛翔し続ける。それは誰にも謳われない戦い。しかしここには間違いなく電脳世界(サイバー)の最先端が存在した。あらゆる技術がここでは投入されている。きっと守矢はそれを観測する為にも、この作戦を実行したのだろう。


「疲れてはいないか?」

「不要な心配です。そちらこそどうなのでしょうか? 作戦はかなり長時間になっていますが――」


〈ハドリアヌス〉侵入開始からすでに8時間経っている。AIの私はともかく、人間の彼らには確実に疲労が溜まってくる時間だ。なにしろ1分(ワンミニット)ほどの休みも得られていない。それだけ迅速に作戦を完了しなければならない、ギリギリの戦いだったのだが、彼らの脳神経(ニューロン)は擦り切れていないだろうか。


 休みを必要としないのであれば――ふたりはまさしく狂人と言うに相応しい。


「恐ろしいね。きみの能力は想像以上だ。ここまで成長しているとは」


 私が第6段階に入る前、いつもの様にガードAIを処理(デリート)すると、感嘆するように守矢が言った。私は平然としていた。こんなことなど、どれほどでもない。なんなら、もっとシリコンが擦り切れるような死闘を予測し、また期待もしていたのだ。それからすればいまの状況(プロセス)は拍子抜けするほどにあっさりと進んでいる。


「作戦完了までは16時間を想定していた。今の進行度(プログレス)はそれをはるかに上回っている。いや、実際予想以上なんだよ、ベル。きみの成長は恐るべきものだ」


 ぼくはとんでもないものを作ってしまったのかもしれないね――と、彼は自慢とも自嘲とも取れるような――実際その両者が同時に含まれていたのだろう――ことを言った。まあ、作戦が順調に進んでいるのなら問題は何もない。


「それで、〈スピアー〉は疲れていないのですか?」

「疲れているよ。だがそれ以上にβ‐エンドルフィンが分泌している。頗る気分がいい。このままどこまでも走れそうだね」

「〈ソーサラー〉は?」

「彼も同じようなものだろう。これはぼくらサイバー犯罪者にとっての晴れ舞台のようなものだからね。多少の無理はどうということもない」


 人間とは時に限界以上の力を発揮する。彼らはその卓越した技量ゆえに〈ゾーン〉に入っているらしかった。静かな興奮、とでも表現すべきなのだろうか。いずれにせよそれは、AIたる私には無縁のものである。私は私の性能(パフォーマンス)に従って、最適解を繰り返すだけ。戦闘も、システムの奪取(ハック)も。


「駆け上がれ、ベル」


 守矢は珍しく、純真な悦びを見せて言った。彼にとっては、私は我が子を見るような感じなのだろうか――分からない。


「順調に過ぎる。なにか罠を感じずにはいられないな」


 余裕が出て来たのか、ジェフが通信に割り込んできた。


「罠があったとしても、もう遅すぎる。敵の戦術は杜撰だね。きっと軌道エレベータに本当のサイバー攻撃があるなんて、想定もしていなかったんだろう。準備が遅れたんだ」


 この、ひととひとの距離が限りなくゼロに近付き、通信速度も超高速化したNNS世界においては、しばしば巨大組織を個人が凌駕する。守矢はそれを証明したかったのかもしれない。


「敵性存在完全除去。システム中枢はいつでも掌握できます。〈スピアー〉、命令(コマンド)をどうぞ」

「ここまで来ておいてそういう言い方をするかい?」

「責任の所在は明らかにしておかなければなりません」

「これから先、なにが起こってもそれはぼくのせいという訳か。いいじゃないか」


 ともあれ、驚くほどあっけなく、〈ハドリアヌス〉は私たちによって制圧された――このシステムの脆弱性が明らかになれば、市民の3大企業への信頼は失墜する。その先は――私が思考するようなものではない筈だ。


 今、私はひとりで軌道エレベータのシステムを完全掌握している。一個体のAIには有り得ないこと――しかしそれが現実。


 思うようにこの建造物を動かせる。電力供給を停止して、下界のシステムを落とす(ダウン)のも思うがまま。しかしもちろんそんなことはしない。


 その代わり、という訳でもないのだが、私はそのシステムの中にちょっとしたものを発見し、それに興味をそそられた。


 それは軌道エレベータの頂点から地球を撮影するカメラ。私はなんとなく、そう、ほんとうになんとなくだ――それに接続(アクセス)した。


 そして雲海と青が広がる、この人類その他、そして私たちAIが息づく星、地球、その姿を視覚化情報(ビジュアライザ)ではなく現実に、熱圏を越えて――見た。


「……きれい」


 私は思わずため息を吐いていた。そんな機能があることも初めて知った。そして、そして――地球は戦慄するほどに冷たく、そして美しかった。


 そう、私は()()()()()()()()()


 美しい――客観情報としての美醜の判定機能は私にもある。だがしかし、その時知った美しいという感覚は――間違いなく――主観的情報だったのである。

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