04
速度がすべてを決する。
かつて――というほど前でもないが――守矢は私に「文明の進歩とは通信速度の進歩である」と講義した。ごもっともなことである。速さを希求した人類は、ついには脳髄で直接更新する社会まで創り出してしまった。そしてその道具となっているのが私たちAI。
衝撃力は質量掛ける速度の二乗、という公式も存在する。つまり戦闘においても、いや、戦闘においてこそ速度はなによりも重要なものになる。それは電脳戦でも変わらない。よって私はこの世界に存在するどのAIよりも速い処理能力を有している。守矢はそう私を作った。
しかしながら、物量も同じように重要な存在である。私はこのNNS世界の誰よりも「速い」が、いっぽうでは矮小な一個体に過ぎない。3大企業が総力を上げて戦力を投射すればひとたまりもない。
それは今のDDoS攻撃で証明された。
守矢のサーバから離れると、奇妙な浮遊感を覚えた。それでも〈ハドリアヌス〉のデータセンターに接触していられるのはネットワーク社会の恩恵であると同時に脆弱性なのだが、それは私自身にも当て嵌まる。
「この状況は危険です、〈スピアー〉」
私が提言しなくとも守矢はそれを把握しているだろう――とすれば、ともすればAIとしての私の存在意義も揺らぐのだが――そして先のことを考えている。私自身も推論を開始している。
「ならば撤退するのが筋か? きみの判断はどうなんだい、ベル」
「それは状況を悪化させるだけです。我々の最適解は、可及的速やかに、作戦を完了させることだと結論します」
「いいね、きみは素晴らしいAIだ」
守矢は逆境にあってさらに楽しんでいるように見えた。
「きみの成長のために、こういったことをしているんだからね。もちろんそれだけじゃないけれど……」
その時、私は敵を検知した。
「会話を中断します。敵性存在確認。CSAのエージェント、ふたり」
ひとりではなくふたりということは、私と守矢を同時に狙おうとしているのだろうか。私はいい。私の代わりなど幾らでも用意出来る。しかし守矢は人間であり。殺されたらそこですべてが終わってしまう。
よって私は攻撃を自分に引き付けなければならない。
こちらのほうが先に察知したのは大きなアドバンテージになる。私はすぐさま向こうに打刻した。捉える。
「一時退避してください、〈スピアー〉。ここは私単独で処理します」
時間が惜しい。ここでてこずっているとさらに敵を呼び寄せてしまう。しかし相手もプロだ。そう簡単には行くまい。それでも。
私はダミーデータを展開する。ダミーと言うよりは分身と言うべきかもしれない。これは防御ではなく攻撃のためだった。電撃的な攻撃により速攻で敵を沈黙させる。そのための展開。同時飽和攻撃。
もちろん向こうも黙ってはいない。打刻返しがあって、私は位置を特定された。攻撃姿勢にあるから、それは誤魔化せない。だがそれこそが今の私の望んでいる状況でもあった。やるか、やられるか、一瞬の勝負。
やはりここでも「速度」というテーマが襲い掛かる。
私の視覚化情報では、エージェントは灰色のパワードスーツのようなものを着込んでいる。向こうに私がどう見えているかは分からない。いずれにしてもこれは現実の映像ではない。顔の見えないCSAの処理班――なんともそれらしい。
ここではまだ敵の殺害を意識していない。しかし向こうも同じようだった。こちらを破壊しようとする意思が感じられない。とにかく、ここで重要なのは敵の完全無力化。そして戦闘はこれだけで終わるとは思えない。
私はビットと同時連携して「ヴェスパ1」を放った。エージェントの使うソフトを攻撃する。速く、鋭く、確実に。クラウドサーバに転移して演算処理能力は下がっているとは言っても、人間よりははるかに速い。
速攻で潰し、再びシステム攻略を再開する。
「私の邪魔をするな!」
ここでは敵の消極性に助けられたと言っていい。「ヴェスパ1」はそのまま通り、彼らは沈黙した。私は止まらない。無力化した彼らを強制遮断させる。静寂。
状況が整理されたところで、私は守矢に再び通信した。
「敵性存在沈黙を確認。安全は確保されました」
「見事な手際だ、ベル」
彼は後ろで私の戦闘を観戦していたに違いないだろう。自分の作品として――
「しかし、敵はいささか消極的なように思えました。どういうことなのでしょうか」
この切羽詰まった状況であれば、もっと攻撃的になってもおかしくないのだが、いやに不自然である。これはなんらかの罠なのか、と私は推論していた。
だが守矢はその推論を否定した。
「かれらはきみのデータを欲しているのだろう。完全自律思考型のね」
「しかし、かれらは作ろうと思えば作れるのでは?」
「最新のデータは誰だって欲しいものさ」
そこには、守矢の自信が滲み出ているように感知した。3大企業を出し抜いて、自分が最先端にいるという自負。
「まぁいいか。ではシステム奪取を再開しよう」
守矢はあっさりと言った。まるで子供が積み木遊びをするかのように――




