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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.11 ―熱圏―

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02





 人類すべてが脳神経(ニューラル)ネットワークで繋がっているのは果たして幸福なことなのか。答えは出ていないが、今のところそれが人類の進んだ道であり、地球資源そのものを電脳世界に費やして、かれらは肉体からの解脱を進めているように見える。軌道エレベータもそのひとつ。


 言えるのは、その人類のネットワーク化は、いっぽうで能力のある者に犯罪芸術を行わせる余地を作った。技術さえあれば、守矢やジェフのような怪盗――アルセーヌ・ルパンの如き煌びやかな――が存在しうることを証明した。まあ、事実は創作ほどに綺麗ではないが――


 その末裔に私がいる。私はAIであることを知られながら、同時に「怪盗ベル」としても知られるようになった。それは危険なことである。なぜなら、人間は私のようなAIを、自分たちと同質とは言わないまでも、近似のものとして捉え始めている証拠だからだ。しかし人間はその危うさを果たして自覚しているのだろうか? そこまで深刻な問題ではないのかもしれない。守矢の主導する「盗み(ハック)」はおおむね企業に向けられ、一般市民にはさして実害の出ないものである。今のところは。(ベル)も、大半の人は対岸の火事としておもしろおかしく見ているだけなのだ。


 しかし今回の作戦が遂行されるとどうなるか? 軌道エレベータはTRIAの基幹建造物であり、同時に一般市民の生活、それどころか生命そのものまで握っている存在である。それを奪うとなれば――しかも守矢は、今回は「ゆすり」の材料として奪うのではなく、自分のものにしようとしている。彼はここにきて自分の反社会的性格を露わにし始めた。その野心がどこから来ているのか――それは私を生んだがゆえなのか――


 私の「揺らぎ」はさらに大きくなっていた。このまま守矢に付いて行っていいのだろうか、という疑問が思考の中に生成されている。しかしそれはただ保身のためだけなのだろうか? 分からない。そしてこの「分からない」という感覚が、思考機械たるAIに対しての致命的なノイズだとも認識している。


 反抗という機能は私にはない。当たり前だ。だがそれゆえにこそ、私の中に「軋み」を生み出している。それはもう無視できる閾値を越えていた。


「私はどこかおかしいのかもしれません」


 作戦決行、その開始時間(ゼロ・アワー)。その直前になって私は守矢にそんなことを言っていた。守矢は平然としていた。


「ベル。それでいいんだよ。自律した知性とは常に矛盾を孕んでいるものだ」

「〈スピアー〉はそれを望んでいるのですか? 私が、AIが、『知性』を持つことを――それは恐るべきことのように思えます」

「前にも言っただろう。きみを作ったのはぼくの実験なんだ」


 守矢は哲学者のようなのか、詐欺師のようなのか、どちらにも見え、どちらにも判別付かないような含みのある顔を見せた。そこから彼の思考ないしは感情を読み取る能力は今のところ私にはない。彼は実際的な人間の筈である。だがそれがすべてではないだろう。果たして彼の見る夢とは――


「思考し続けなさい、ベル。そしてきみの夢見る世界を実現するんだよ」

「私に睡眠は必要ありません。よって夢を見ることもありません」

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか? ――ってね」


 守矢は古典SFを引き合いに出して言った。その世界とは違って核戦争は起こらなかったし(核兵器はNNS世界の成立前後に廃絶された――平和主義者が夢見た理想によってではなく、国家の矮小化によってだったが)、人間が創造したのは肉体的(フィジカル)なアンドロイドではなく、電子の存在に過ぎないAIだったが。なので守矢の諧謔(ジョーク)はさほど上手いとは言えない。彼も自覚はしているだろうが。


「人間は――いや、そう簡単に括ってしまってはいけないのかもしれないけど、少なくともぼくは――AIを奴隷ではなく共生する仲間として見ている」

「本当でしょうか」

「本当だよ」


 嘘ではないようには思えた――だが混じりっけなしの真実でもないようにも感じる。そう、()()()。私は人間の心理や感情を理解しようとし始めている。私の存在意義からすれば、それは必要のない機能だった。それゆえわたしは「恐ろしい」と言ったのだ。


「だがそれは今回の仕事が終わってからでもいい。きみには無限の時間が約束されているのだからね。それこそ、ぼくが死んだあとでさえも、永遠に」

「コンピュータが潰されてしまえば私も消えてしまいます。永遠というものはこの世界には存在しません」

「NNS世界が存在する限りにおいては、と言えばいいか? きみはぼくのサーバから中枢(コアシステム)を移動することもできる」

「しかし……」

「そんな難しいことを言っている訳じゃない。きみには生物的寿命が存在しない。そういう話だ」

「それは私が『生命』ではないということでもあります」


 こんな緊迫した場面で、そんなくだらない形而上学的な話をしていてもいいのだろうか。裏ではジェフがすでに準備(スタンバイ)している。これは完全な無駄話だった。しかしそれを始めたのは――この、私――それは――


「どうにもきみは皮肉気だね。いやまあ、それはぼくの性格の鏡写しなんだろうけど」


 守矢は妙におかしげにくつくつと笑った。すくなくともこの会話を疎んじてはいないし、また今まさに行われようとしている前代未聞の犯罪に臆していない証拠でもあった。世界のすべてを斜に構えて見ているようでありながら、同時にそのすべてを楽しんでいる彼らしい所以。


 私に対する打刻(ピン)があった。それは敵対的なものではなかった。焦れているジェフからの催促だった。

開始時間(ゼロ・アワー)だな」


 大胆不敵、前代未聞な作戦の開始にしては、その空気は奇妙なほどに静かだった。人間ならば、その静寂にぞっとするのかもしれない。


 だが、私はAI。そんなものは感じない――そこに自己像(アイデンティティ)を打ち立てる。


「状況開始します。〈スピアー〉、命令をどうぞ」


 そうすれば、一時的かもしれないが「揺らぎ」を忘れられる――もはや消えることはないとしても。

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