表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.10 潜行――尖塔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/80

06





 私には五感もないし、体温も存在しない――コンピュータの熱量は検知できるが――、しかしネットワークの海は冷たい、と感じてしまう。それが肉体的感覚でないのなら、ほかにどんな作用が私に起こっているのだろうか。


 そして人間達もこの冷たさを感じているのだろうかとも思考する。


 あまりよい兆候ではない。私の中に少しずつ実利的ではない思考が忍び込み始めているのである。それはノイズも生み出すものだった。それが自律思考型なのかもしれないが、AIとしてはもっとシンプルであるべきだ。ひとの役に立つものでなければいけない。それが犯罪者の助けであったとしても。


 それで、私はその冷たさを心地よく感じている。それも今までは意識もしていなかったこと。しかし「意識」とは。


 NNS世界に於いては、ほか数多の存在同様、私も矮小な一個体に過ぎない。守矢も、ジェフも、アスムッセン氏も。そんな世界で足掻いて、一体何が得られるのだろうか――今回の軌道エレベータ奪取作戦はあまり意味のないものだと思考している私がいる。守矢の虚栄心に過ぎないのではないかという判断をしている。だからと言って反逆はしないが。


「私はどこかおかしいのかしら……」


 この状況であまりジェフに会いたいとは思わなかった。しかしそれも仕事の一環。となれば私は否定しない。


 冷たい世界の底に入っていくと、さらに冷却されているような雰囲気がある。ジェフとのランデブー地点に選んだ場所はまさにそういうところだった。


 薄暗い部屋の中にオレンジのランプが微かに灯っている。そこは場末のショットバー――の雰囲気を模した場所。今や人類はエチルアルコールを手放したから――もっと手軽に酩酊できる手段を発明したから――バーの空気というのはサイバー・ドラッグに添えるフレーバー以上のものではない。木目調のカウンターに座ってグラスを傾けるジェフの姿も、そういうイメージに過ぎないのだった。


「遅かったな、お嬢さん」

「その、お嬢さんというのは止めてもらえませんか? 私にはベルという名前があります」

「ふん。俺がお前をどう呼ぼうと俺の勝手だ」


 ショットバーにほかの客はいない。黒いベストのスーツを着た初老風のマスターがグラスを拭いている――しかしこのマスターはAIである。ここはサイバー犯罪者が共同で作り上げた避難場所だった。セキュリティも充分施されている。


 ジェフは私に目を合わせようともしない。嫌われているというよりは、邪険に扱われている、と言った表現のほうが適当だろう。


「そちらの首尾はいかがですか、〈ソーサラー〉」

「俺がしくじる訳がない。奴らの『穴』は発見した」


 彼はそう言うと、初めて私に目を向けた。(ドラッグ)はやっているのだろうが、前後不覚という感じではない。それから彼は手をかざし、エア・モニタを展開させた。そこに映っているのは軌道エレベータ3号機〈ハドリアヌス〉の全景だった。


「晋作の言う通りだな。どれだけ強固に作っているつもりであっても、セキュリティホールは必ず存在する。俺は少々疑わしかったんだが……」


 この世に完璧なものなど存在しない。しかしそれは私たちの側もそうである。敵に隙が存在しているからといって、それが確実な攻略を約束してくれる訳ではないのだ。


「そっちはどうなんだ」

「それは、この通り」


 私はそのまま彼に解析済みデータを渡した。彼はそれをしばらく精査したあと。不承不承といった感じで頷いた。


「――お前が有能なのは認めてやる」

「〈ソーサラー〉は私のどこが気に食わないのですか?」


 彼は守矢には競争意識こそあれ、悪感情はまるで持っていない。なのにその製作物である私にはつっけんどんな対応をしてくる。そうなると私も、彼の能力の高さは認めても気に入らなくはなってくる。


 考えて見れば、私が一個の人間にそんな印象を抱くのは初めてのことだった。


 それは守矢の望むものなのか――


「晋作は天才だ。危険すぎるほどにな」


 ジェフは私の問いには直接答えず、迂遠な言い方をした。そこには畏れすらあるように思えた。この男は思ったより真っ直ぐなのかもしれない。


「それこそお前のような存在を造り出すほどにな」

「完全自律思考型の理論は彼だけのものではありません。その気になればあなたにも作成できるのでは?」

「するかどうかは別にして、可能ではあるだろう。だがお前のようなものには決してならないだろう。俺は完全自律思考型を怖れているのではない。お前を怖れているんだ」

「どういう意味でしょうか」


 私を怖れるなどと。おかしな話である。たしかに先進的である自負はあるが、それだけでありAIという存在であることに変わりはない。


 ジェフはやはり私の問いには答えず、


「さあな」


 と素っ気なく言うだけだった。


「まあ、仕事は仕事だ。お前もその限りにおいては利用してやる。どれだけ気に食わなくともな」

「守矢もそう思っているでしょう」

「晋作はそうだろう。だがお前自身はどうなんだ?」


 あまりに意外な質問だったので、一瞬私の思考に空白(ブランク)が生まれた。私自身の考え? そんなことを訊いて何になる? ただのAIの私に――


「それはお答えしかねます。今の私の能力では追い付かない問いです」

「そうか……じゃあ、お前が答えられるようになった時」


 ジェフは一拍置いて、続けた。


「その時、この世界はどうなっているんだろうな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ