03
かくして私は帰投し、竹芝亮氏との会談内容を持ち帰ったのだが、それで守矢の気持ちが翻るとは思えなかった。
「前に原発を奪ってやったというのに、彼は平和ボケしているんじゃないかな」
他人事のように言う守矢には、赤い血が流れているのか疑わしいほどの酷薄さが見て取れる。彼の性格、それを特徴づけるものはまさにそれだった――その物腰の柔らかさからは信じられないほど、他者に対する愛情が存在しない。いや、一見物腰柔らかいからこそ、それが際立つのである。
それは客観的評価の筈である。しかしそこに私がどのような感情を持つかというと――
――感情?
私にはそれは存在しない。よって守矢はそういう存在なのだと認識するしかないし、それが私のマスターでもあるのだ。
よって今回の仕事は予定通り行われる。しかし犯罪を仕事と表現するのは、今さらながら奇妙な感じもある。文句をつけるつもりもないが。
「まあぼく相手に友好な交渉材料が存在しないのは仕方ないがね」
「〈スピアー〉は最新機器が欲しくはないのですか?」
「欲しいのはまあ、間違いない。そこは認めよう。だがTRIAにほどこしを受けるのは真っ平御免だね」
彼の3大企業に対する敵対意識はどこから来ているのだろうか。元CSAというのも関わりはあるだろうが、そこにあるのは憎悪ではない。ただ「敵」として認識している(「取引先」、などと嘯いたこともあったが)。
「そういう訳で暗躍を始めよう」
守矢のあまり上手くない諧謔を聞きながら、私は一応自分の意見を述べてみた。意味がないことは分かっていてもだ。
「しかしながら、この作戦は失敗すれば致命的です。そして失敗する確率のほうが高い。私の意見としては慎重に――いや、反対します」
そう言っても守矢は気分を害さなかったようだ。むしろ楽し気ににっと笑った。
「いいね。このぼくに意見できるようにまで成長してきたか。きみの成長速度は想定していた以上だ」
しかし最終決定権はあくまで自分にある、と彼は続けた。
「問題は速度だ。奴らが万全の状態になる前にことを完遂しなければならない」
「それはその通りです」
「だがこちらも充分準備しなければ難しいだろう」
そんなことを言っている内に、今回は仲間であるジェフがアジトに入って来た。守矢は警戒していない。彼らふたりの信頼関係というのはよく分からない。
「俺のほうは準備出来ているぞ。AIもツールも作成し終えた」
「いつもどおり仕事が早いね」
「で、俺はどうすればいい? 今回の指揮はお前に任せる」
「そうだね」
そうして守矢がジェフに出した指示はこのようなものだった――守矢の持論、いかに堅牢な防衛装置を擁したものであっても、それが人間の作った――AIのサポートを含めても――ものであるいじょう「穴」は絶対に生じてしまう。そこでジェフは裏からそのセキュリティホールを探るというものだった。
「任せろ。そういうのは得意だ」
「それが分かっているからこれをお前に任せるのさ」
「お前に信頼されるのは嬉しいよ」
それで私はどういったことをすればいいのだろうか。
「軌道エレベータのシステムは独自のもので稼働している。AEの作成した、ここだけに使われているOSだ。それを解析して貰う」
「しかし独自と言ってもネットワークには接続しているのでしょう」
「もちろん。ここでベルと〈ソーサラー〉の同時行動に意味が出てくる」
ふん、とジェフは鼻を鳴らした。
「こいつが表で俺が裏か。それはすこし気に食わんが、まあいいだろう」
どうも彼には嫌われているようである。完全自律思考型AIというのが彼の気に入らないのだろう。それも思想の問題だからその意志を矯正させることはできないし、また私があえて彼に媚びる必要もない。
結局の所、私たちは仕事で繋がっているに過ぎないのだから。
だから、どれだけ内心で気に食わないところがあったとしても、協力することに異議はない。それだけ大きな仕事なのだろうし、それはジェフにも分かっていることだろう。
「お前が気に食わないのは分かるよ、〈ソーサラー〉。しかし趣味の問題は別として、お前もベルの有用性は認めざるを得ない筈だ」
「AIに丸投げというのがつまらんのだ。芸術性に欠ける」
「仕事を芸術とするなら、ぼくとしてはあらゆる手を尽くしてスマートに完遂する方が好きだね」
「そこが晋作と俺の相容れないところだな。だが今回はお前の遊戯に付き合ってやろう」
彼が私を疎んじているように、私のほうもジェフのことはあまり気に入っていない。しかし有能なのは――一度私を負かしたように――認めるところだし、そして仕事となれば心強い味方なのも確か。
となれば私心は捨ててドライに付き合う――それは私が守矢から受け継いだ資質である。




