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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.9 浸透――賢者

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06





〈マーセナリー〉は変わらず射線を私に固定(ロックオン)している。まるで守矢よりも私そのものを敵視しているようだ。しかしそれはこちらの戦術にも噛み合っている。こちらはさっさと逃げるつもりなのだ。


 彼女の手管は中々のものである――こちらが欺瞞の為に攻撃意思をちらつかせても釣られない。慎重なタイプであると診断する。


「見誤るなよ、ベル。彼女は強敵だ」


 もちろんそれは認識している。そう簡単には行くまい。まして今回は守矢と一緒に逃げなければならないという難しさもある。彼を足手まといという訳ではないが――


「行きなさい、〈フローベール〉!」


〈フローベール〉というのは〈マーセナリー〉が使役しているAIの名前か。男性型をしている。人間は自分のAIは異性として作りたがるのだろうか。分からない。もっともそんなことを考えている場合ではない。


 ダミーデータはふんだんにばら撒いているが、その先から〈マーセナリー〉のAIに潰され、中々隙が出来ない。もっとも焦れているのは向こうも同じだろう。簡単には捉えさせない。


「手練れ同士の電脳戦は概して千日手になりがちだからね」


 のんきな声で言うのは守矢。私が手練れかどうかは分からないが、事実としてそういった光景が展開されていた。


「中々読ませてくれないわね。面白いじゃない」


 私はここで攻撃用プログラム〈ヴェスパ1〉を展開した。標的は敵AIではなく――〈マーセナリー〉本体。もちろんそれは防御されるが、いつでも狙えるぞ、という牽制だった。


「〈スピアー〉。あなただけでも先に撤退しては」

「いや、ここはいい機会だからね。きみの戦いぶりを観測させてもらう」


 守矢は慎重なのか大胆なのか分からない。ともあれ、私が守矢に出来るのは提案だけであり、指示や、まして命令ではあり得ない。彼がそういった判断をするのであればそれに従う。


 鋭い攻撃は向こうからも来る。〈ヴェスパ1〉と同タイプの攻撃プログラム。展開速度も演算も非常に速い。〈フローベール〉とやらもかなり高性能なAIであるらしい。私は初めて本格的に生命――と言っていいのか?――の危機を感じた。


「さて、すこし手伝ってあげよう」


 そう守矢が言った。彼は「あやとり(コード・ブレイク)」の手付きで仕掛け、〈フローベール〉のダミーデータを次々と「解体」していく。その命令(コマンド)入力速度は人間離れしていた。そしてAIが真似できないのはその柔軟性、即応性である。


 ――いや、完全自律思考型の私なら、それを真似できるのではないか――


「ノイズが多くなっているな、ベル。帰ったらまた調整(メンテナンス)してあげよう」


 彼は女を口説くような口調で言った。


 ともあれ、彼の援護によって〈マーセナリー〉の攻撃速度が鈍った。仕掛けるならここである。仕掛けると言っても、反撃する訳ではない。しかし彼女の命令系統は把握した。


「ここです、〈スピアー〉。一時強制遮断(シャットダウン)します」

「いいね。いい速度の判断だ」


 なにごとも楽しんで取り組むという――と、彼は言った――守矢の口振りは相変わらず。


「逃げるの? 卑怯ものね」

「私は常に最善の策を取るまでです」

「AIごときに、人間が負ける訳には――」


〈マーセナリー〉の戯言には付き合わないようにした。シャットダウンされた彼女の反応がなくなる。もちろんすぐに再起動(リブート)してくるだろう。しかし逃げの時間には充分。


 そしていつもの(アジト)に戻る。


「あいつ、本当にしつこいんだよなあ」


 あまりうんざりはしていないような感じで守矢が言った。


「それに、あいつはベルを敵視している。あまり好ましい状況ではないな。これからする仕事にとってもね」


 守矢は深く思案しているようだった。そういった時の彼はどこか哲学者めいた雰囲気を醸し出す。だがそれは錯覚であり、彼の本質は実際的な男である。


「なにか対策を講じるのですか?」

「対策というか――そうだな。ここまで緊張が強くなると――」


 守矢は眼鏡を掛け、瞳をその奥に隠した。


「奴の殺害も視野に入れなければならないね」


 さらっと言うので勘違いしてしまうが、それはかなり危険な言葉だった。しかし私も別に咎めはしない。それは最善手と思われたし、私には殺人を忌避する倫理プログラムは存在しない。


 だが――実際に手を下すのは私なのだろうか?

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