05
脆弱性のない、完全無欠のシステムなど存在しない、というのが守矢の持論だった。それがビッグ・トラストの中枢であるとしても変わらない。
「今回、ぼくはそれを証明する」
守矢はいつになく野心的になっているようだった。なにが彼に火を点けたかは分からない。元々持っていた野心が露わになったのか、新たに生まれたものなのかも。
「しかし、竹芝芳一氏のもたらした情報を鵜呑みにするのは危険だと判断します」
「それはそうだろうね。彼は一線を退いたとは言え向こう側の人間であることに間違いはない。だが……」
守矢は眼鏡を掛けた。もちろんこれもアバターの一要素に過ぎず、彼が実際に目が悪いかどうかはさておき、NNS世界ではファッションアイテム以上の意味はない。いや、あるのかもしれない――自分の意思を示す小道具として。しかしながら、今の私にはそれを読み取る能力はない。人間の意思ほど量り難いものはない。まして複雑な性格をしている守矢のものは。
「だが、彼が完全自律思考型の情報を得たがっているのは間違いないだろう」
「私を売り渡すのですか」
「なぜそうなる。ぼくが渡せるのはノウハウだけだよ。その先は芳一氏に頑張って貰うしかない」
私はあえて桐谷氏とアルマさんに会ったことは伏せていた。それで守矢のプライドが崩れるとは思わないが。完全自律思考型がほかに存在するのはあまりいい情報ではない。もしかしたら彼は察しているのかもしれないけれども。
「しかしその情報だけでは足りないな。ここはもうすこし慎重に行くべきだ。しばらくはまだ調査を続けることにしよう」
守矢の中には熱情と冷酷さが同居しているように感知した。そこにあるのは確実に仕事を遂行しようとする決意。彼は失敗を恐れる男ではないが、いっぽうでは成功に対して粘着質ともいえるほどの用意周到さで臨む。それをして、この世界に凄腕ハッカー〈スピアー〉の名前を轟かせているのである。
「引き続き、きみは周辺を探ってくれ。ぼくはその情報を精査する」
TRIAの情報管理は杜撰ではない。特に中枢にはまず入り込めないのが分かっている。ここで調べるのは軌道エレベータの管理データ位置である。
軌道エレベータのシステムはNNS世界を構成するクラウドネットワークからは離れていて、独自のコンピュータで動いている。それはハード面は彼らが、そしてファームウェアやソフトウェアはAEが開発していて、常にアップデートを続けている。もちろんセキュリティ面も。そして実際面で守っているのはCSA。言うなればここが3大企業の心臓部。
そしてなんの罪もない一般市民の生活を支えている基盤でもある。
それを奪おうというのだ。
「あまり目立った活動はするなよ、ベル。ただでさえきみは有名になっているからね」
「そう仕向けたのは、〈スピアー〉、あなたです」
そんなことを言いながらも、私は調査を続けていたのだが、やはり私と、そして〈スピアー〉をつけ狙う存在はあった。
「警告。敵性存在の接近を確認しました。〈マーセナリー〉です」
「彼女もしつこいね。今回は単純に賞金稼ぎのつもりかな」
守矢は辟易とする、という感じに吐き捨てた。
「ここは共同で撃退に向かおう」
「彼女」は鋭く速い打刻を私に放ってきた。私は自己保存プログラムに則り、半自動的にダミーデータを展開する。処理速度が上がっていくが、そうするとサーバのディスクも擦り切れる。
今のストレージドライブは簡単には壊れないようになっているが、永遠不滅という訳でもない。私が生まれてから、守矢のサーバにはかなりの負担が掛かっているはずである。ドライブにしてもメモリにしてもCPUにしても。彼は適宜換装が必要だな、と言っている。
「大人しく私に捕まりなさい、〈スピアー〉!」
〈マーセナリー〉は同時に通信も行う。通信というよりは恫喝である。しかしもちろん守矢は狼狽えない。暗号化は保持したまま、彼女に対して返信を行う。
「粘着質な女は別に嫌いじゃないが、命を狙われると話は別だよ」
「ふん」
「きみはじつにまっすぐだねぇ。しかしそんな跳ねっかえりじゃ嫁の貰い手はいなくなるよ」
「そうしたら、あなたが貰ってくれるのかしら?」
「それはお断りだ」
私を盾にして通信を行い続ける守矢。それは単に会話の為だけではなく、〈マーセナリー〉の位置を捉えるためのものだった。
交信を続けている内に視覚化情報が起動する。〈マーセナリー〉は栗色の髪に黒いキャットスーツという出で立ちになっていた。これが彼女自身のイメージかどうかは分からない。が、らしいとは思える。
私のダミーデータには絶えず〈マーセナリー〉の内部増殖ウィルス型攻撃プログラムが打ち込まれていて、次々と海の藻屑と消えていく。しかしその度に私もダミーを生み出すので、いたちごっこのような様相を呈してきている。展開速度はほぼ互角。
私は防御に徹している。今回は守矢が後ろにいるので、私が盾になり彼が攻撃するという戦術を取っている。
「ずいぶんとせこい真似をしてくれるじゃない。少女の影に隠れてこそこそするなんて、私の知っている〈スピアー〉はそんなもんじゃなかったわ」
「ぼくは勝つための最善手を常に考えているだけだよ。悪いが、〈マーセナリー〉。きみに勝つ可能性は万に一つもない」
「どうかしら。私も成長しているのよ」
盾になっていると言ったが、私と守矢は密接に連絡している為、危険でもある。私が突破されたら、本丸は丸裸になる。
私は〈マーセナリー〉に聞かれないために、守矢に秘匿通信を行った。
「ここで彼女とこれ以上交戦するのは無意味です。撤退を推奨します」
「それは分かっているよ。しかしそのための手段を考える役目は誰にある?」
「もちろん、私です」
ここから私は具体的な撤退戦術を考えるようになる。




