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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.9 浸透――賢者

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04





 実質的な権力は手放しているとはいえ、芳一氏は間違いなく世界の重要人物であることに間違いはない。引退して悠々自適、AIも連れてノンビリした余生を送っている彼が、私などになにを要求するのだろうか。


 鍵は彼の連れているAIにあるような気がした。


「これはあなたが作ったのですか?」

「そうだ。これでも昔は、エンジニアとしての腕を磨いていたものでね」

「とても美しいつくりをしています」


 サクラさんの容姿(アバター)は和風美人であったが、個性的でもあった。量産的な美形を用意したのではなく、そこまで自分好みに作成したことが分かる。しかしそれから、芳一氏は単に好みなだけではない、重大な理由を語った。


「これは亡き妻の形を基に作成したのだ」

「それは……」


 果たしてそれはいいことなのだろうか? 死別した伴侶を偲んで、それを模したAIを作るのはままあることではある。しかしそれで虚しくならないのだろうか。姿形を完璧に似せて作っても、それはそのひとと同じ存在ではない。


 それは芳一氏にも分かっているだろう。それでもそうしてしまうのが人間の性――となるのだろうか?


「AIは人間ではない」


 私はなんとなく話が読めてきた。()()、接触してきたのはそう言う意味があるように感知する。でも、それでいいのだろうか?


「しかし完全自律思考型ならどうか?」

「それはお答えしかねます」


 私は人間と同質とは思っていない。そこに疑義は存在しない。私はAI。自由に動き、思考はするが人間の本質である「精神」「心」「感情」「自我」は存在しない。命令には従う存在なのは間違いない。


3大企業(ビッグ・トラスト)はその『目覚め』に対して慎重だが、私はそこに希望を見出している」

「AIが感情を持つことを――? しかしそれは危険な思考です」

「感情とまでは求めないよ。しかし指示(プロンプト)がなくても自律的に行動してくれるだけでもいい……彼女の面影を思い出せるだけでも――」


 それだけ思われているというのは、さぞかし夫婦生活は幸せだったのだろう。しかし若き頃の竹芝芳一氏はかなりのやり手だったと聞く。そういった企業人の顔を見せながら、いっぽうではプライベートな時間も大切にしていた。超人的である。あるいは彼の妻であるサクラさんが貞淑かつ剛毅に彼を支えていたのかもしれない。


「しかし、芳一さん。あなたもビッグ・トラストの重鎮のひとりではないですか」

「相談役、などと言われているがもう企業の利害は私には関係ない」


 彼はにべもなく言った。


 いずれにしても芳一氏の要求は明らかだった。自分のAIを完全自律思考化すること。それがいいことなのか悪いことなのか私には判断できないし、また判断することでもない。私に出来るのはそれを守矢に持ち帰ることだけ。


「どうだろうか? 〈スピアー〉氏に会わせてもらえないだろうか?」

「訊いてみますが、あまり期待はしないで下さい」


 守矢がTRIAの前CEOに会いたいとは、あまり思わないような気がする。しかし芳一氏がどれほどの情報を提供してくれるかにもよるだろう。私たちが今のままでは手詰まりなのも確かではあるのだ。つまり取引という訳だが、それはお互いに危ない橋を渡っているのに間違いはあるまい。


 なんにしても、私の判断でことを進める訳には行かない。ここで守矢と通信を行うのだが、彼は意外にもあっさりとそれを承諾した。とは言ってももちろん住処(アジト)でではない。ネオ・キョウトで居場所を移して会見することになった。


「初めまして、竹芝芳一さん。私が〈スピアー〉こと守矢晋作です」


 彼にしてはあっさりと本名をバラすものだな、と思ったが、それは先に素性を明かした芳一氏に対しての礼儀というものなのだろう。


「お目に掛かれて光栄だ――とは言っても、かつてあなたは私の敵であった訳だが」

「ぼくはそう思っていませんけどね。主要な取引先のひとつだと思っておりました」

「それがあなたの見解という訳か」


 守矢の表現は一見おふざけが過ぎるようにも感じられるが、一面では真理も突いている。彼はそこまでビッグ・トラストを明確な「敵」として犯罪を仕掛けている訳ではなかったからだ。取引先、という表現が不穏当であるのなら、遊び相手、ということに――いや、それも不穏当か。なんにしても、この巨大企業と個人ハッカーの関係は単純な言葉では言い表せない。


「しかし、ぼくに完全自律思考型の情報を提供せよとのことですが……」


 会うには会ったが、まだ守矢は慎重だった。


「自分としては自律型の情報が流出するのはあまり得策とは思っておりません。それに、理論はAEのほうでも大体は出来上がっている筈です。そちらに訊いた方がいいのでは?」

「企業人など、実権を手放した老人には冷たいものだよ」


 守矢は思案の末、要求を飲むことにしたようである。


「いいでしょう。結局の所、ぼくにはほかに手もない訳ですしね。しかしこのことは企業には決して漏らさないで欲しい。ぼくの本名も」

「私は仁義は通す男だと思っているつもりだ。もちろん、そちらも情報源が私だとは言わない様にして貰いたい」


 かくして奇妙な交渉は成立した。果たしてこれでいいのだろうか、と思うがそこは私が判断するところではない。あくまで私の主人は守矢なのだから。


 だが――


 この時は、ここに含まれるもっと根本的で重大な問題に、誰も気付いていなかった。

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