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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.1 起動――仕事

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06





 そもそも足跡(ログ)を消す必要は必ずしもないのかもしれない。この膨大なニューラル・ネットワークの中で、私の起こした事件はごく小規模のものだし、報道もされないだろう。サイバー犯罪者は世に溢れている。CSAもしつこく追跡するほどヒマではないはずだ。


 しかし、私はこの実戦経験を大事にしなければならない。守矢は練習(ドリル)と表現したが、確かにそうである。ゆえに仕事は正しく完了(コンプリート)しなければならないのだった。


「クレジットデータの納入をこちらでも確認した。ご苦労様、ベル」


 守矢が(犯罪で)貯め込んでいる財産の中では、私の盗んだものなどほんのちっぽけなものに過ぎない。〈スピアー〉は名の売れたサイバー犯罪者だ。もっと大きなヤマをいくつもこなしてきて、未だCSAのエージェントにもその居場所を特定されていない。


「こんなものは、大したものではありません」

「謙遜するな。ポリスAIの排除(デリート)も含めて、すばらしい手際だった。非常にスマートだったよ」

「それは自慢なのでしょうか?」


 今は守矢とは音声だけでの通信だったが、彼が含み笑いするような声は確かに聴こえた。


「自律思考型らしい反応だ――いいね――まあ、そうだね。ぼくはきみの作者として誇らしく思っているよ」

「しかし〈スピアー〉は、私にもっと大きな仕事をさせるつもりなのでしょう」


 それが私の存在意義なれば。


「もちろんそうだ。だが徐々にね」


 彼が私を作成した意図はそれだけではない。かれは自分の匿名性をさらに高めようとしている。つまり私を隠れ蓑にするということ。


「さあ、そろそろ帰投したまえ。本格的な解析はそのあと行う」

「解析とは、私のことでしょうか?」

「その通り。今回の件できみがどのような動きをし、どう成長したのか解析する必要がある。いいかい。自律思考型ということは、自己成長型ということでもあるんだよ」


 それは私も把握している。


「了解しました、〈スピアー〉」


 ネットワークには距離は存在しない。というのは建前。確かに情報同士は瞬時に連絡できるが、恐らくは、私が分析するに、人間はもうすこし直接的な触れ合いを求めている、どこか厭世的なところのある守矢ですらそうだった


 私は守矢の個人サーバに戻る。もちろんそれも一瞬。ある意味で私は無防備になるが、ここで私に接触できるのは守矢だけ。だから警戒アラートは発生しない。


 それもまた視覚(ビジュアル)化されている。私は少女のアバターを設定されていて、守矢は物腰の柔らかそうな青年姿。自分の姿形(アバター)はいくらでもいじれるが、きっと守矢は自分の容姿をことさら理想化する趣味はないだろうから、肉体世界(フィジカル)の彼も姿形はそう違いあるまい。


 いささか犯罪的な光景でもあるのだが、守矢は気にした風もない。もともとこういうアバターを設定したのが彼なのだから、当然ではある。


 サーバはネットワークからは一時遮断されている。それは守矢が私とふたりきりになりたかったためでもあり、仕事から帰って、ログは消去しているものの万全を期して住処(アドレス)を変更する為でもある。彼は個人特定を何よりも怖れている。


「お帰り、ベル」

「帰って来た、という気はしませんが。ずっとリンクしていましたから」

「まあこれは人間の感覚だろうね。しかしきみはいずれ人間の感覚も学習しなければならない」


 そう言って、守矢は無防備になった私のデータを洗っていく。今回の実績(ログ)を確認する為だ。彼はおおむね満足いっているようだった。


「上々だ」

「私としては、もっと上手くできると思いましたが」

「なにごとも完璧とは行くまいよ。だが自律思考型AIとしてその向上心はよいものだ」


 私の性能(スペック)からすれば、こんな仕事は大したものではなく、性能(パフォーマンス)を完全に披露するには至っていない。だが守矢はそれでもいいらしい。彼の脳波からは(ポジティヴ)が感じられる。


「完全に断線状態(オフライン)にしなくてもいいのでは? 〈スピアー〉はいささか用心深いように判断されます」

「そう言うな。これは単純に性格の問題だ」

「しかし、データの解析と洗浄はネットワークに接続していたほうがなにかと便利です」

「繋がっていない方が不安かい?」


 守矢は揶揄するように言った。不安というものは私には存在しないのだが。


「きみにはまだまだ働いてもらう。だがまあ今日のところは休んでもいいだろう」

「私に休みという概念はありません」


 どうにも、どこか守矢には私を生命体として扱いたいような気持ちがある。その心に関しては、彼の情報(インフォメーション)を搭載している私にも量ることは出来ない。


「子守歌という訳ではないが、すこし講義をしようか。これもきみの成長(アップデート)の為だよ」

「よろしくお願いします、〈スピアー〉」


 それから彼は滔々と語り始めた――

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