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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.9 浸透――賢者

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03





 訊いた所によれば、情報通のアスムッセン氏にしても〈ヤングマン〉という名前には心当たりがないようだった。さしもの彼にしても、この膨大に過ぎるNNS世界の情報をすべて把握している訳ではなかった。それは仕方あるまい。


「とはいえ、ちょっと気になる名前ではあるな」


 情報屋の嗅覚が働いているようである。それに、私に対して通信してきたのも気になる。つまり私が何者か分かっていて、それで用事があるというのだ。それはなにか?


 守矢の住処(アジト)に戻り、作戦会議をする。


「これは返信するべきだろうか」

「推察するに、この〈ヤングマン〉なる人物は私たちが今なにを狙っているか気付いていると思われます。その上で取引材料を持っていて、なにかしらの対価を得ようとしているのでしょう。このタイミングでなら――」

「罠の可能性はあるか?」

「それは捨てきれません」


 とはいえ、通信を逆探知してもTRIAにつながるものは見当たらなかった。あくまで個人的なメールのように見えた――が、それ自体が偽装ではない保証はどこにもない。


「その上で回答します――このまま情報収集を続けても埒が開かないので、危険性は含んでいますが返信するのを推奨します」


 もちろん、私に決定権はない。助言するだけである。最終的に決めるのは守矢自身。


「危険ではある――か。しかしそもそも今から取りかかる仕事(ヤマ)はとても危険なものだ。それくらいのリスクは踏むべきかもしれないね」

「らしくもない。慎重繊細な〈スピアー〉はどこに行った?」

「ぼくを臆病者(チキン)だと思われるのは癪だな」

「そうは言っていない。だが用意周到に仕事をこなすのがきみだった筈だ」


 アスムッセン氏が言うと守矢はにやりと笑い、それをアスムッセン氏が同じような顔をして返した。彼らの関係にはどこか深いものがある。


「心配してくれているのかい?」

「まあ、それなりにはな」


 ともあれ、守矢は腹を括ったようである。しかしそのまえにジェフも帰って来た。彼はこの間次の仕事用のソフトを作っていたようである。


「面白そうな話になってきたじゃないか」


 ジェフは守矢に比べて大胆であり、危険を楽しむような男だった。だから彼は守矢に、急かすようにして早く返信しろという。


「まあ落ち着けよ。まだ手掛かりになると決まった訳じゃない」


 とはいえ、こちらにはほかの選択肢は無いように思えた。話は返信する方向に行っていた。危険視すべきなのはその通信傍受だが、そうなると私が緩衝材になる訳である。そういう訳で、私は私の名前で〈ヤングマン〉に返信のメールを送った。


 返事はすぐにやって来て、まずは私ひとりに相対という旨の文面があった。この時点で〈ヤングマン〉がなにを求めているのかは分からない。そこまで危険な人物ではない、とは判断していた――その先になにがあるかは分からないけれども。


「〈スピアー〉、あなたはそれでいいですか?」

「きみなら上手くやってくれると信じているよ」


〈ヤングマン〉が会見場所に指定したのはネオ・キョウトだった。私は早速そこに向かう。人気(ひとけ)のない寺の境内で待っていると、再び彼のほうから通信があり、もうすぐ邂逅できるということだった。


「一体どういう人物なのかしら……」


 目的は別にしても、この状況でこちらにコンタクトを取ってくる人物がどういうものなのか、それに興味はあった。私が犯罪者のAIであるのは分かっている筈だ。そして完全自律思考型AIであるのも。そこに相手の興味があるのは間違いない。私は桐谷氏とアルマさんのことを思い出していた。


 そして〈ヤングマン〉はやって来た。


 その姿は背の縮こまった老体の姿をしていた。顔は皺くちゃで、見事な程の白髪をしている。そんな容姿(アバター)をして、〈若者(ヤングマン)〉を名乗るのはなんらかの諧謔なのだろうかと私は訝しんだ。


「初めまして、怪盗ベル」

「初めまして――そういう呼び名はあまり本意ではありませんが」


 わざわざ老齢のアバターを設定する者はほとんどいない。ということは、彼は本当に老人であり、そのことにコンプレックスも持っていないと推測される。


 そして〈ヤングマン〉は妙齢の女性を連れ立っていた。見るからにAIだった。自律思考型ではないようだった。黒髪で、桜色の和服を着ている。穏やかそうな雰囲気を醸し出していて、擬似人格もさして印象と変わらない設定を為されているに違いない。


「あなたが〈ヤングマン〉で間違いないですか?」

「その通り。まあ老境の私の頼みを聞いてくれるのはありがたい」


 私は殊更冷たい声を作った。


「そこはまだ不確定です。交渉はまだ成立しておりません」

「しかしきみたちは私からしか情報を得ることは出来ない」


 それから彼は言った。


「きみも挨拶しなさい」


 時代錯誤にも思える所作――主人から3歩引いたところで、そのAIはぴったりと足を閉じ、前に手を組んでしずしずと頭を下げた。そういうAIなのだろう。しかしこの老体と彼女の関係はなんなのか?


「初めまして、ベルさん。私は〈ヤングマン〉の妻、サクラです」


 やや警戒すべきなのではないか、という判断が出て来た。それほどこのふたりは奇妙な感じがしたのだ。しかし情報を持っているとなれば、少々の危険は冒さなければならない。


「やはり完全自律思考型AIは普通のAIとは少し違うな」

「あなたもそれに興味を持っているのですか?」

「もちろん。それが私の目的だ」


 それから老人は驚くべきことを打ち明けた。まさか、と思えるようなことを。


「まずは私の素性を知ってもらうのが先だな。今は〈ヤングマン〉などと名乗って〈トラベラー〉をしているが、これでも若い頃はなかなかのビジネスマンだったのだよ。この名前を知らない者はいないだろう――私の本名は竹芝(タケシバ)芳一(ホウイチ)


 それはTRIAの先代CEO――そして今は一線を退いて相談役の座にいる男の名前だった。

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