01
「ああ、よく寝た」
私が帰還した時には、すでに守矢は睡眠状態から戻っていた。
「本当に寝ていたのですか?」
「そりゃまあ、ぼくは人間だからね。ちゃんと寝ないと死んでしまう」
そこは疑うところでもない。但し、オフラインになることは滅多にない。それは守矢に限らず、いまの人間はほとんどそうである。その点、今回の守矢は本気で休みたかったのかもしれない。
そして用心深くもあった。自己増殖防御用AI〈ファランクス〉を展開していて、道も鍵も変更していた。私が入れたのは管理者権限を守矢から与えられていたからだった。
彼はマネーをたんまり持っている筈だったが、そんなところにしか使わず、享楽的な遊びをほとんどしない。サイバー・ドラッグにもギャンブルにも手を出していない。彼にとっての遊戯は電脳犯罪だけである。それをストイックと言うべきかどうかは、ひとによるだろう。
「そろそろほとぼりも冷めた頃だろう。仕事をしないとなまってしまう」
「つい先程、私は襲われたんですが」
「まあそういうこともあるだろう」
守矢はにべもなく言った。どこかシニカルなのは全然変わっていない。私を失っても、彼は何の感情も動かさないだろう――あるところで非人間的な部分があるのが彼だった。だが機械的という訳でもない。彼の人格は計り難いところがある。
「だがその前に新住所を知り合いに教えておく必要があるな」
「知り合い、とは」
彼の知り合い、というのは犯罪仲間ということに他ならない。とは言ってもそんなに多くはない。住所を教えるほどの仲となるとさらに限られる。
一番重要なのは彼の主な情報源、ラルフ・アスムッセン氏だった。それはいい。しかし私が疑問に思ったのはジェフ・コンドロンもその中に含んでいたことだった。
「ようこそ、我が家へ」
「ぬけぬけと言うな、晋作」
「それはお互い様だろう」
ついこの前に敵対していたばかりのふたりが、なんの怨恨もなく談笑しているのは不思議と通り越して無気味ですらあった。このあたりの人間心理というものがどうにも解析できない。これはふたりに特有のものなのか、それとももっと人類にとっては普遍的なものなのだろうか?
分かっているのは、ふたりは犯罪者でありながら同じ価値観を共有していないということだった。
「いろんな人間模様があるものだよ」
言ったのはアスムッセン氏だった。
「それはそうですが」
ジェフは不敵な笑みを浮かべている。雑多にモノや書類が転がった(という設定にしてある)守矢の部屋に、3人はソファに座っていた。酒瓶も転がっているが、実際に飲んだ訳でもなくサイバー・ドラッグをやった訳でもない。この辺りのセンスはよく分からない。自由気ままな盗賊を演出するつもりなのだろうか。
「お前程几帳面な奴もいないのに、なんで部屋はこういう風にしてあるんだ?」
「雰囲気があるだろう?」
もしかしたら、守矢はもっとぐうたらになりたいのかもしれない。しかし生まれ持った性格というものは簡単に矯正はできないものである。
「真面目なのか不真面目なのか分からんね」
「真面目では無いと思うな、自分では。真面目なら企業人は辞めない」
アスムッセン氏の揶揄に対して、守矢はそう答えた。
彼らをつなげているのは利害関係でしかない、と私は解析していたのだが、しかしそれだけではないものがここには存在しているような気がする。歪んでいる、とは言わないが彼らの友情はどこか奇妙である。
「それで、〈ミスト〉。なにか目ぼしい情報はあるのかい?」
それから男3人は早速仕事の話に入っていった。私はおいてけぼりを食らっていた。
「今のところは面白い話はないね」
「しかしここでちょっと大きな仕事をしたいところだな」
となると情報収集からか、という話を広げていく。そこで守矢は私に目を向けた。また私を使役するつもりなのだろう。それは別に問題はない。そのためのAI、私なのだから。
「了解しました。しかし具体的には?」
「TRIAを狙いたいところだね」
ひとたび命令が下されば私は迅速に行動する。「惑い」も「揺らぎ」も関係ない。やるべきことがあるのはいい。私は完全自律思考型AIベルの仕事を完遂するまで。
しかしTRIAを標的に、と言ったがどうすればいいのだろうか。この前原発を乗っ取ったことはあったが、それ以上の大きな仕事となると――
なんとなく守矢の狙いがつかめる。TRIAの最も大きい存在と言えば、軌道エレベータしかない。しかしそこのハッキングとなれば前代未聞、古今未曾有の仕事になる。彼は気持ちが大きくなっているのだろうか。
しかしもちろん、命令とあらば疑義は挟まない。私は粛々と行動に向けての準備を進め始めた。




