07
鋭い戦慄。
「彼」の存在を感知した時、私はそれを覚えていた。システムが震えるようにして稼働を激しくしていく。それは思考ではなく自動的な反応。
戦闘本能。
それが私に仕込まれている。
「しつこい男ね。そんなに私のお尻が魅力的?」
緊迫しているのにそんな軽口が出てくるのは守矢の設計と言う外はない。しかしそれだけでは無いのも自覚している。私の自律思考は確かに成長している。それを進化と言えば、そうなのだろうか。
〈レザー・エッジ〉からの反応はない。あくまで今回は裏で操ることに徹しているのだろう。あの時は饒舌だったが、今回は無口。そこになんの意図があるのか。
ともあれ、私は生き延びなければならない。情報を持ち帰る。それはプログラミングされた本能である。私の二本柱。戦闘と情報収集。それだけの存在。
むこうは打刻を仕掛けて来ない。こちらの位置はさっきのポリスAIとの戦闘で把握しているということなのだろう。しかし私も欺瞞工作を続ける。
逃げるという選択肢は最初に破棄した。そうしてもよかった筈なのだが。
敵AIの型番は不明。新型か、あるいは〈レザー・エッジ〉がこの時の為に作ったものか、どちらか。つまり弱点は分からない。未知の領域での勝負になる。情報に依存する私にしてみればやや不安の残る状況。
しかし、奇妙ではあるが私の推測演算では勝率を95.246%と弾き出した。それは過信なのだろうか。
「おいで、遊んであげる」
無機質なAIは、私の挑発的なセリフには乗ってこない。しかし私はその裏にひとの息遣いを感じている。生まれたばかりの私なら、それは間違いなく感知できないものだった。しかしそれは今はどうでもいい。こいつを倒して、生き残る。
捉える。
私の打刻は正確無比。たった一度でいい。それだけで視覚化情報は敵の姿を示す。黒ジャケットと黒いズボンの制服。どことなく秘密警察を思わせるもの。奴には丁度いい映像だろう。
向こうは積極的に仕掛けて来ない。どうもこちらを、何が何でも殺そうとする意思はないようだった。その辺りは訝しむべきところだったが、こちらとしては都合がいい――とも言い切れない。敵は防御に集中しているからだ。
デコイの展開も中々速い。こちらの集中攻撃を上回る速度で広がっていく。演算速度も中々。そして通り一遍の対応ではなくこちらの「変化」にも柔軟に付いてくる。人間が裏にいないとこういった反応は出来ないだろう。私の「勘」は正しかった訳だが、だからと言ってなにがあるでもない。
「出てきなさい、〈レザー・エッジ〉……こそこそ隠れていないで」
しかし、こういった安い挑発では乗らないようだった。奴には鋼鉄の意志を感じる。鋼の剃刀。二つ名は伊達ではないということか。
ならば無理矢理引きずり出すまで。
私は速度を上げる。演算能力だけではなく、同時に情報収集速度も。自身の浄化を実行し、すべてを戦闘に向ける。それは拘束衣を脱ぐようなものだ。もちろんそうすれば負荷はさらに掛かる。電力消費量も加速度的に上がる。しかしそれで迷惑を掛けるのは守矢の家計だけだから問題ない。
あえてダミーデータは無視する。本体だけを探知する。打刻ではなく推論によって。一度打った感覚を私はまだ覚えている。錨を繋げていて、離さない。しかし最初の攻撃が外れると敵はすぐに身を隠すだろう。よって失敗は許されない。
「食らいなさい!」
〈ヴェスパ1〉展開開始。起動速度も上がっている。守矢は私を自律思考型であると同時に自己成長型に作成した。つまり私は経験によって成長する。推論速度も反応速度も上がっている――自覚できるほどに――
戦闘は思ったよりあっけなく終了した。敵には最後まで戦闘意欲が感じられず、そのまま除去された。しかし同時に〈レザー・エッジ〉の影も見当たらなくなった。
なんだったのだろうか。この前の殺意溢れる感じとはまるで違った。
「……情報収集以上の意味はなかったってこと?」
とすれば私はむざむざ自分の情報を敵にばらしただけになる。それゆえ勝利の感覚はなかった。敗北でもないが。
などと思考していたら、不意に私の中に文字通信が届いた。差出人は秘匿されていたが、それは奴のものに他ならなかった。
『見事だ。だが貴様の手管は把握した。さらなる準備ののち、貴様を捕らえて〈スピアー〉を始末する』
そして戦闘領域には私だけが残った。となればもうここでやることはない。守矢のサーバに帰投するだけ。
向こうは私の情報を握ったつもりだろうが、私はさらなる進化を遂げるだろうし、情報を手に入れたのはこちらも同じ。
「でも……なんだか、悔しいわね……」
ふと漏れた言葉に、私自身が意外な思いをした。そんな思考結果が出るとは思ってもみなかった。そしてその時同時にイメージしたのは、あの守矢とジェフの関係。そう――私は〈レザー・エッジ〉を敵と認識しながら――悪意は存在せず――いや、AIにそんなものは――
だがひとつのことは認めざるを得ない――私は奴に勝ちたいと思っている。




