06
そして私はまたひとりになる。ひとり、という表現がAIに相応しいのかは疑問が残るが、ほかに適当な言葉もないため、便宜的にそう言う。
「揺らぎ」がどんどん大きくなっていくと、システムが不安定になってしまう。しかし演算能力には支障をきたしていないのだった。しかしこのまま放置していると熱暴走してしまう恐れもある。それでも解答が出ない以上はこのままでいるしかない。
桐谷氏が自分のAI――アルマさんに求めるものを見て、翻って私は守矢になにを求められているのだろうと思考するようになった。桐谷氏はアルマさんを明らかに道具以上として見ている。対等であろうとすらしている。
守矢は最初、私を道具としてしか見ていないのだと認識していた。しかしそうなのなら、完全自律思考型である必要はどこにもない。危険ですらある。その危険を冒してまで私に求めるものとは?
そろそろ彼の下に戻りたいと考えていた。これ以上漂流しているのは私自身にとって致命的なことが起こるのではという推測があったからだ。私は仕事をこなすために設計されている。その為の情報収集以上のものはノイズになってしまう。
しかし彼はもう起きているだろうか――
偽装は戻してある。自分は目立ってはいけないという自己保存プログラムはちゃんと機能していた。守矢のサーバに戻る際も暗号化は厳重にして、道をつかませないようにしなければ。
慎重繊細に。
だがそれは向こうからやって来た。
「警告! 警告! 直チニ投降セヨ!」
データの海をかいくぐって、CSAのポリスAIが襲い掛かってきたのである。警告音声とともに、強烈な打刻。
「どういうこと」
私の偽装は完璧だった筈だ。すくなくとも簡単に突破できるものではない。単に私を不信がっているだけなのかもしれないが、それにしてはその打刻は攻撃的、あるいは脅迫的だった。
まさか桐谷氏が私の情報を売ったのか? と最初は疑った。しかしそれはあり得ないと結論した。理由は二つある。第一に彼は信用に値する人格を示したということ。第二に、それにしては襲撃が早すぎるということである。
つまり私は最初から追跡されていた。偽装していたはずなのに――どこで勘付かれたのか? しかしその疑問は今は問題ではない。
バレている、という前提で対応しなければならない。つまり戦闘。振りかかる火の粉は払わなければならない。
私は偽装を解き、能力をすべて戦闘に注ぎ込む。時間は掛けられない。潰すときは徹底的、かつ速やかに。それは設計時から搭載されている守矢の戦闘教義である。
「攻撃開始します」
今回やってきたポリスAIは先にバンク・プロヴァンス攻略の時に相対した型と同じである。しかしかなりの進化が為されている。〈ロサンゼルス型〉と呼ばれる量産AI。それだけに洗練もされているという訳だ。
私はお返しとばかりに打刻。まずは位置を特定する。視覚化情報では警官の姿は見えているが、それは本質ではない。それは状況を分かり易くするための補助的視覚であり、実際には暗闇の中で戦っているようなものだ。
ダミーデータをばら撒くのは探り合いの基本。本体を見つけるまでは決定的な攻撃は仕掛けれれない。そして〈ロサンゼルス型〉のダミー展開速度は中々速く、迂闊には飛び込めない。
だが私には自信があった。間違いなく私のほうが演算処理能力は高い。そして臨機応変に動くことが出来る――それゆえの完全自律思考型なのだから。
しかし私は同時に違うものも嗅ぎ取っていた。隠れてはいるが、裏にもうひとつAIを隠している。そしてそれは〈ロサンゼルス型〉のような全自動ではなく、即時即応で誰かが操作している!
一個のAIに対する攻撃対応とは思えない。かなりの敵対意識を感知する。それだけ私が危険視されているということ。
「ふぅん」
だからと言って、AIに怯懦はない。常に最善手、論理的最適解を希求する。そういう存在である。そこが精神の存在する人間との差異であり、それはアドバンテージにもなればハンデキャップにもなる。私は人間精神を軽んじてはいない。であればこそ、演算能力でははるかに勝るAIを彼らは使役できる。
ともあれ、行動。
まずは目の前の敵を排除しなければなんにも始まらない。裏の敵は警戒しつつ、演算能力を最大限に引き上げ、電力を思うがまま喰って最速で〈ロサンゼルス型〉を駆逐する。ここで使うのは〈アンドロメダ2〉。それを霰弾のようにばらまき、ダミーデータを自壊させていく。
しかしここからさらに速度が求められる。敵が再防御展開するまえに本体を仕留めに掛かる。私自身にもかなりの負荷が掛かっているのは認識できる。壊れない程度に、限界で。
打刻。一回でいい。ただし鋭く。
一瞬だけ、ただの一瞬だけだ。〈ロサンゼルス型〉は丸裸になる。しかし私は半自動的にその瞬間を捉え、〈ヴェスパ1〉を打ち込んだ。
敵沈黙。そして消失。
ここから隙を見て逃走することも考えた。しかし相手はかなりの手練れのように思え――
そこで私は嗅ぎ取った。恐るべきことにそれは論理ではなく、勘、と呼べるようなものによってだった。
私が対峙している相手は――
「〈レザー・エッジ〉……!」
あの男。




