05
「別に〈スピアー〉よりもエンジニアとして上だ、とか自慢するつもりはない。完全自律思考型の理論は大分前から出来ていたんだ。だが企業は危険視して作らなかった。となれば在野のぼくたちが――ということになる訳で、それは早いか遅いかの違いでしかなかったのさ」
とは言うものの。私以前に自律思考型が存在していて、それが世に出ていないというのは驚くべき情報である。世間では私が史上初だと思われているのだが――
「でも史上初という称号は私に欲しかったんです。ですから俊さんにワガママを言って、あなたに会わせてもらいたいと」
誇らしげな顔をしてアルマさんは言った。落ち着いた大人の女性の風をしているが、そういったところはお茶目にも見える。そういう趣味を桐谷氏はしているのだろう。そこまで変態的ではないだろう。
「しかし桐谷さん。あなたが完全自律思考型を作ったとして、それを売りに出すつもりはあるのですか?」
「いや。アルマは完全にぼくの為だけに作った」
そして彼はアルマさんを恥ずかしげもなく「伴侶」と呼んだ。恋人どころか妻のつもりなのだろう。AIにそれを求めるのを咎めはしない――求めない守矢が求道的とも言えるが――、が気になるところはある。
何故完全自律思考型AIでなくてはいけなかったのか?
「なんでも言うことを聞くAIが欲しかったのであれば、自律思考型である必要はあまり感じられませんが」
「人間とAIには対等の愛情が存在すると思うかい?」
別に私の回答を欲しがっている訳ではなく、そのまま自分で続けた。
「従来型のAIでは、どれだけ対等ぶってみても、命令通りに動く主従関係からは逃れられない。どれほど理想的だったとしてもね。ぼくもアルマのプロトタイプを連れていた時は――」
「もう、それは言わないで下さい」
同じ完全自律思考型AIといっても、擬似人格の設定の差もあるのだろうが、私と彼女ではかなり機能が違っているように思える。当たり前と言えば当たり前。私は犯罪のサポートとして作られたAIであるのに対し、彼女は最初から愛に応えるAIなのだ。当然ながら脳髄性交機能も搭載されているだろう。
私自身は、私の先駆者がいたことに対しては驚きはしたがそれ以上の感覚はなかった。果たして守矢がどう思うかだが、彼のような実利主義者がそういった面で悔しがるとは思えない。
しかしここはサイバー史に於いても――他に誰も見ていないが――重要な局面だったと言えるだろう。ふたつの完全自律思考型AIが並び立ち、交流しているのだから。
桐谷氏の話はまだ続いた。
「ぼくがまともな恋愛が出来ない不格好な男なのは認めよう。しかしそれでも、もっと有機的な恋ができないかどうか考えた――相手には意思が必要だ。そこで自律思考型に考えが至った」
「しかし、それは」
「健全な恋愛というのは、お互いの成長がなくてはいけないとは思わないか?」
完全自律思考型AIならそれができるというのか――しかしそれは穏便に見えてじつは非常に危険な思想ではないかと思考する。彼は――AIに「対等な存在」を求めている。しかしそれは、それは、その――AIに「自我」を求めるということではないのか?
「簡単には答えられません」
「まあ、そうだろう――ぼくもそう思う」
「桐谷さんは、アルマさんに裏切られる危険を考えたりはしないのですか?」
「私は俊さんを裏切ったりしません!」
彼はその言葉を――生きた言葉として聞きたいのだろう。それゆえ罪深い。自分の創造物に、自分と同等以上のものを求めるのは――
「それは、神になることと同義のように思えます」
「そうかもね。神は――きっとひとり遊びに飽きて、アダムとイヴを作ったんだ」
とすれば、アルマさんはイヴなのだろうか――しかしそうすると、もうひとつの完全自律思考型AIの私は、リリス的であるのだろうか。言葉遊びに過ぎないが。
「しかしぼくはアルマの神になる気はない。彼女はぼくの伴侶だ。その上できみの前の質問に答えよう――アルマがぼくを捨てる選択肢を取るなら、それは受け入れる」
「だからそんなことはあり得ないって言ってます!」
惑いのないアルマさんの、決然とした態度はAIゆえなのか。それとももっと深いものがあるのだろうか? ――私はそれを自身の問題として考えていた。私を作成した、私にとっての創造神――守矢晋作。〈スピアー〉。じつのところ、私はアルマさんがそうするほどには、彼に心酔はしていない。それも擬似人格の初期設計の差ゆえなのだろうが、それだけでは無いような感じもある。だが解答は出せない。
「惑い」が――「揺らぎ」が――
「しかし、やはりというべきなのか。完全自律思考型と言っても、アルマときみとではかなりの差異があるようだ。中々興味深いね。しかしこの世の人々がそれを求めるようになるかは――まあ、分からないな」
「はあ」
「とはいえ、ぼくはアルマを傍に置いておくだけで満足しているけれど、〈スピアー〉はきみを世に出して活躍させている。ビッグ・トラストは今のところ完全自律思考型の開発に慎重だが、新世代のAIとして、きみが有用だと証明したら――その先はどうなるか分からない」
それはそんなに先の話ではないんだよ、と桐谷氏は言った。
「AIの反逆。陳腐なSFのテーマだけれどね」
「桐谷さんは私を危険だと判断しているのですか?」
「そこまでは言っていない。興味深いと思っているだけだ」
そんな話をしていると、アルマさんが割って入った。
「大丈夫ですよ。ベルさんはいい子です」
「そうであると信じているよ」
「私のような存在が、人間の敵になるというのは――私は考えたくないですし、信じてもいません。私は明るい未来を見ていたいんです」
アルマさんは自分で思考して、こういうことを言っているのだろうか。そして私も同じように振る舞っているのか。そこに人間とAIの本質的差はあるのか。
ひょんなことで出会った奇妙なカップル――とあえて表現するが――は、私に対して考えもしなかった課題を突き付けたのだった。




