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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.8 漂流――邂逅

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04





 その、桐谷俊とやらは物腰柔らかそうな感じをしている。容姿(アバター)は黒髪短髪の好青年。そこまで美しくしてはいない。彼は下手に美青年のような設定にすると却って呆れられることをよく知っているのだ。抜け目のない性格と見て置いていいだろう。


「伴侶、とは? いや、何故私に会おうとしたのですか?」


 正体を見破られたので、私はいつも(デフォルト)の赤髪碧眼の少女に戻った。別に戻る必要もなかったのだが、こちらのほうが安定するのである。理由は分からない。


 桐谷氏は穏やかな顔をしていて、彼が自分の伴侶と宣った正体不明の女性型AI、アルマもなんだかにこやかである。こちらを敵視していないのは確かだと診断できる。だが素性が知れない以上は簡単に友好的になってもまずい。


「それは、まあ。それよりぼくたちはここでは目立っている。もっと人目の付かない場所に移動したほうがいいと思うんだけど」

「私はまだ、あなたたちと同行するとは言っていませんが」

「そこはベルちゃん。きみの判断を尊重させてもらうよ」


 そこに口を挟んだのはアルマさんだった。


「でも私はベルさんと仲良くなりたいですよ」


 どうも普通のAIではないような雰囲気をしている。高性能であるのは間違いないだろう。そして市販の量産型ではないのも。桐谷氏がオーダーメイドで作成して貰ったか、自分で作成したかのどちらかになる。恐らく後者だろうと私は判断した。とすれば彼はかなりのエンジニアということになる。


 この時代、在野にそういった逸材がいるのはさほど珍しくない。能力があれば企業人(オフィサー)になるより個人(インファンティ)であるほうがマネーを稼げるからだ。社会的信用を考慮しなければ、だが。


 桐谷氏は社会的信用よりも自由を選んだ、守矢と同じ性質の人間であると言える。但しハッカーかどうかは分からない。しかし私を知っているというのは――いや、ここで私の正体を看破したというのは――


 アルマさんはボブカットの栗色の髪を掻き上げ、それから寄り添うようにして桐谷氏の腕に抱き着いた。


 AIを恋人と言って憚らない者は少なくない。面倒臭い手続きが存在し、しかもその相手が完全な理想形とは限らない人間同士の恋愛よりも、最初から自分の理想を詰めたAIを作る、あるいは作って貰って、そうするパターンはすでに蔑まれることもされない。守矢に言わせればマスターベーション的、となるのだが。


「桐谷さん。あなたが敵対的存在でない証明をして欲しいのですが」

「うぅん……難しいことを要求するね」


 彼はしばらく思案したあと、自身の暗号化を解除した。アルマさんもそれに続く。彼女は自発的にそうした。追従しているとも言えなくはない。それだけで、アルマさんは従順な設計をされていると判断される(しかし、従順でない恋人AIを作る者など、よほどのマゾヒストでもない限りはいないだろう)。


 暗号情報を解除する。それは無防備(ホールドアップ)になることを意味する。私を敵と見做しているのなら決してしない対応。彼はその危険性を十分認識した上でそうしている、となれば私も信じるしかない。そして礼儀として私も解除した。


「分かり合えて嬉しいよ」

「まだ分かり合えているとは限りませんが……」


 とはいえ、ここまで来て彼に付き合わないという選択肢もない。それに、彼と彼女からは貴重な情報(データ)が得られそうだ。その誘惑のほうが強くなる。


「じゃあここから移動しようか」


 といってもネオ・モナコから移動しないようだった。数あるヨットの中のひとつが、彼の所有物であるらしかった。ヨットと言ってもかなり大きなもので、数人程度なら充分に収容できる空間(スペース)が存在し、完全に遮断された桐谷氏の個人空間(プライベートスペース)だった。


「桐谷さんはここに住んでいるのですか?」

「いや、ここは数ある拠点のひとつに過ぎない」


 桐谷氏は自らを〈旅行者(トラベラー)〉と名乗った。そういった人種もそれなりに存在する。この内的ながら広大なNNS世界を、定住せずに色々と飛び回っている者たちの総称。それができるということは、時間に余裕の出来る仕事をしていると見てよい。ついでに言えば、CSAに追われる運命にあるサイバー犯罪者はこうは振る舞えない。


「ぼくは時折富豪にオーダーメイドのAIを作ってあげてマネーを稼いでいるんだ。で、その他の時間は旅をしている」


 こういった豪華なスペースを持てるということは、それだけ彼が稼いでいると言える。だが桐谷俊という名前は書庫(ライブラリ)に登録されていない。


 しかし。


「〈ドールマスター〉と言えば、分かってもらえるんじゃないかな」

「ああ」


 そのハンドル・ネームは登録されている。


「でも何故私のことが分かったのですか?」

「こういう生活をしていると、裏情報にも精通してくるものなんだよ」


 そしてAIを見る目もね、と彼は続けた。このレベルの者には私の拙い偽装も役に立たないと判明した。


「ニュースで見てから、きみとは早めに接触しておきたいと思った。ハンドル・ネーム〈スピアー〉から離れている今がいい機会だと思った」

「しかしどうして私を……?」

「AIデザイナーのはしくれとして、完全自律思考型について知見を得たいというのは当然のことだろう?」

「それは、まあそうでしょうけれど」

「でもそれだけじゃないんだよな」


 桐谷は初めてあくどい、といってもささやかで可愛らしいものでもあったが、含み笑いも見せた。


「アルマ。改めて彼女に自己紹介をしなさい」


 アルマさんは立ち上がり、それから驚くべきことを明かした。


「はい、俊さん――あらためましてごきげんよう。私が桐谷俊の作った――()()()の完全自律思考型AI、アルマと申します。

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