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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.8 漂流――邂逅

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03





 つんつんに尖った金髪の青年、彼は自分をジャン・パスカルと名乗った。見た目に合わせた名前なのか、それともそのままなのかは分からないが――どうやら嘘を吐くのが苦手のようなタイプ――よく言えば裏表がない、悪く言えば単純――のように判断されるので、額面通りに受け取ってよさそうだった。


 御しやすいタイプと診断(スキャン)したからこそ、私のやや冒険的な実験の相手としては相応しいとした。


 しかし問題もある。このままナンパデートに付き合って、中々別れられずに無理矢理脳髄性交(ニューロ・セックス)に持ち込まれたら少々まずい。それまでになんとかしなければならない、色んな腹案(オプション)は用意しておくべきだろう。


 それに向こうは向こうでこちらを御しやすいタイプと見ている可能性もある。


「お姉さんみたいな落ち着いたひとなら、さぞかしモテてきただろうねー」

「いやぁ、そんなにおだてないで。私なんか全然男性の方とは縁が無くて……」


 彼はどこに行きたい、と言ってきたので。私はネオ・モナコを希望した。世界有数の観光地、リゾート――を再現した電脳上の都市。淡いアヴァンチュールとしてはまあまあの選択だと判断す。実際こういった事例ではよく選択される場所である。というデータがある。


 しかし、この選択を守矢が知ったら揶揄するかもしれない。それを言うのならこの実験そのものも、か。


 今、私は「のんびりしたおばさん」という人物(キャラクター)を演じている。こういうところが自在に制御(コントロール)できるのがAIの利点だ。


「そういやお姉さんの名前、訊いてなかったね」

「私は……」


 彼もここで私に本名を名乗ることを期待してはいないだろう。彼が名乗った名前も真ではあるまい。そういう意味で、この世界は誰もが仮面を被って生活している。


 それはともかく。この状況で私に相応しい偽名はなんだろうか、とすこし思考した。なんでもよかったのだが、アバターには合わせた方がいいだろう。今の私はアジア系の容姿をしている。しかも中年女性。これで「メロディー」とか名乗ったらかなりおかしい。


「私は京子(キョウコ)と言います」

「キョウコさんか、いいね、いい名前だな」


 ヨットハーバーを眺めながら歩いていく。本来のモナコは富豪の別荘地として有名だったそうだが、簡単に都市まで再現できるNNS世界、どこにでも瞬時に行けるNNS世界においてそういったステータスは存在していない。いるのは富豪気取りだけ。


「しかしのんきな世界だねぇ、今は」

「去勢されているとも言えますわ」

「お姉さん、ワイルドな男が好み?」

「乱暴者は好きじゃありませんけれど……」


 いまのところ、私は上手く演じられているのではないかと思っていた。パスカル氏が深く物事を考えない性質であろうにせよだ。練習(チュートリアル)としては丁度いい。もっとも、人間を演じきれたとして、なにか実益があるかというと、特にないのだが。


 丁度海沿い――もちろん、その「海」も(フェイク)ではあるが――しかし潮の香りまで再現されている――にこぢんまりとしたカフェがあった。なんとなく小洒落た雰囲気のカフェであり、その雰囲気を味わうためにそこそこのひとで賑わっている。


「こういうの、センスいいね」


 ほとんどは男女のカップルであり、()()()()意図で作られているカフェなのは言うまでもない。稀に女性ふたりの組み合わせもあった。友達なのか同性愛者(レズビアン)なのかは分からない。


 愛の語らいとか――演じることはできても、私はその本質を理解できない。人間ですら、「愛」という概念を論理的に解明できていないのに――にもかかわらずそれを希求し続ける、こんな頽廃した世界に引き籠ってさえ――AIの私が演算できるはずもない。


 はたして愛とは実在するものなのか? それとも虚数に過ぎないものなのか?


 分かっているのは、ジャン・パスカル氏はそういった形而上の話には興味も関心も持たず、もうすこし実際的なところを好むタイプだということだった。とはいえあからさまに即物的でもない。俗人であることを自覚しながら、いっぽうで紳士たろうとしている。しかしその真摯(づら)もどこまで持つのだろうか。


 カフェでは他愛ないお喋りが続いた。なお私はまだAIと悟られていない。どこまで行けるか。最終局面に至るまでには逃げ出さないといけないが、意外とパスカル氏もしつこい感じで、中々離してはくれない。


 さすがに「Ec3」を使う訳には行くまいが――こんなところで殺人を実行すればすぐにCSAの追っ手がやって来るだろう――、いざと言う時の身を護る手段は考えておかねばならない、などと私は思考していた。


「ところで、キョウコさん……その気、ある?」

「その気とは、なんのことですの」

「分かるでしょ? いいじゃん、一晩限り。俺はそれを一生の思い出にするからさ」


 ちょっと騙しているのが可哀想になってきた。そうそう私がAIであることはバレないのも分かってきた為、彼が実力行使に――そして私が反撃の実力行使に――出る前にこの茶番を切り上げるべきだと判断した。しかし上手い断り方はあるのだろうか。パスカル氏は徐々にしつこい感じを出してきている。


「そういうのは、ちょっと」

「いいじゃんかさぁ。どうせ二度とは会えない身、折角の一期一会、その思い出作りをさせてくれよぉ」

「私を好いてくれるのは嬉しいですけど……」

「行こうぜ、ほら」


 彼は私の手を取って、位相転換(フェイズ・シフト)しそうになった。そうやって強引に連れ込む気なのか。切断(シャットアウト)するのは容易い。しかしその前に向こうもなにか仕掛けてくるかもしれない。私は警戒レベルを上げた。


「止めて下さいっ。ひとを呼びますよ」

「こんなところで呼んだところで誰も来ないさ。さぁ、こっちへ」


 そうやってもめ事のようになっていく。私は目立つのはよくないと思っていた。なんとか穏便に済ませる方法はないものか――私の為にも、そして彼の為にも――と思考していたのだが、結局それは必要なかった。


 結論から言えば、その時横から助けが入ったのである。


「そこまでにしておきなさい。彼女は嫌がっています。嫌がる婦人を殿方が迫るのはよくないことですよ。あなたには別のいい出逢いがあるでしょう。それをお探しなさい」


 突如現れた、栗色の髪をした女性がパスカル氏に強制切断(シャットダウン)プログラムを発動させ、そこから排除したのだった。死んではいないだろう。しかしもう二度と会うこともない。まあ仕方あるまい。


 私の興味はすぐにそちら、女性のほうに向いた。そういったプログラムを試行できるということは、彼女は人間ではない、AIだ。


「あ、ありがとうございます」

「例には及びませんよ。私たちは最初からあなたを――同類のあなたを追っていたのですから」


 それから彼女は続けた。


「ああ――勘違いしないで下さいね、私たちはあなたに敵対しようとか、CSAの手先というわけではありませんから」

「私、()()……?


 私の疑問に答えるようにして、男は手品のように現れた。


「お初にお目にかかる、『怪盗ベル』。ぼくは桐谷(キリヤ)(シュン)。そしてこちらがぼくの伴侶、アルマ」


 彼はそう言った。

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