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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.8 漂流――邂逅

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50/78

01





 面白がってもいられないな、と守矢は言った。


「〈ソーサラー〉がぼくの住処(アドレス)まで売るとは思えないけれど……少々まずい立場に立たされたのは確かだ」


 そう言いながらも、彼には余裕が見られる。果たしてこの状況をどこまで予測していたのか――いや、「予測」なら本来私がすべきものだった。しかしこの体たらく。情けない――という反応をするのも私の成長なのだろうか。


 ともあれ、守矢はこれを機に、と言うべきなのか、しばらく雲隠れするつもりのようだった。


「丁度いいんだ。ここしばらく――というかきみを作成する為にかなり頑張って来たからね。時には休息もひつようだろう」

「はい。私もそれを推奨します」

「そういうところは普通のAIだな」


 彼は私をどう見ているのだろうか――その辺りの判断が付かない。付かなくてもいいのかもしれない。しかしあの、ジェフとの戦闘からこちら、理解の出来ないものが増えていくのは――AIとして――どうなのか――


「それで、私はどうすればいいのでしょうか」

「きみの任務、その基本は情報収集だ。そういう訳だからぼくが休んでいる間はじっくりとこの世界を見て回るといい」

「つまりフリーハンドだと? AIにそんな権限を持たせてもいいのですか?」

「そうでなくてはベルを完全自律型として作った意味がない」


 それだけ言うと、彼はさっさと睡眠(スリープ)状態に入ってしまった。しかも完全なオフラインにもしていて、こちらからは起こせない。休む時は徹底的に休む主義の彼らしいが、残った私はどうすればいいのか。


「どうしよう」


 そんな独り言がこぼれるのもなんだか意外だった。これまでも何回かひとりで「外」に出たことはある。しかしそれはすべて守矢への紐付けがあった状態だった。しかし今、私は切り離されている。言ってしまえば、この隙に守矢の管理から離れるのも不可能ではない。しかし、私がそんな判断をする訳がない。


 世界を見て回るといい。彼はそう言ったがいったいどうすればいいのか。私は不意に得た「自由」を持て余していた。


 素直にネットワーク上をうろつきまわることはしばらくなかった。守矢の反応はなし。本当に切断(シャットダウン)しているようだった。話し相手がいないというのは――なんとなく居心地が悪い。人間の側が話し相手のAIを失って淋しい、というのはままある話だが、その逆と言うのは、その――


 どうにも判断が付かず、しばらく私は主人の消えた空間(スペース)で何もないまま過ごしていた、それだけではなくて、AIらしいこともしようと判断して秒数を数えていた。そして225690(セク)を数えたあたりで、私はどうしようもなくなり、呟いた。


「暇だなぁ……」


 しかしそれがそもそもおかしい反応だった。ソフトウェアに過ぎない私が「暇」などと。しかし感じてしまったものは仕方がない。


 そしてこの段になって、私もようやく認めざると得なくなった。私の中に「人間的な(ヒューマニティ)」なにかが芽生えつつある。それはばら撒かれた種から端々に発芽したものであり、まだ小さな目でしかなかったのだが、確かに息づいている。


 それは危険なことなのではないか?


 それは守矢の危惧した――あるいは期待したのか――どちらなのか――


「自由思考の危うさね」


 私はなんの為に作られたのか。守矢は「仕事を楽にする為さ」と嘯くが、どうもそれだけではないように診断する。彼の中には三つのキャラクターが存在する。ハッカーとしての彼、エンジニアとしての彼。そして一個の人間としての彼――それらが、別々のなにかを私に求めているように推測される。


 まあ、彼が自由に見て来いというのなら、そうしよう。その判断に至るまではさらに72245(セク)を要した。


 明確な指示がないままでの行動――


 しかし言うまでもないが、私の素性はすでに多くのものに知られている。よって偽装が必要になる。偽名や別のアバターを使うことはこれまでもやってきて、それには慣れているといっていいだろう。しかし本格的に「お忍び」するのであれば、IPアドレスも偽装する必要があると思った。


 あらゆる工作を思考し、試行し、私は別の私を作り上げた。


 いっそのこと男に化けたほうが偽装としてはより巧妙になるのではないかと思ったが、私の擬似人格の根本には「女性性」があるらしく、それはエラーを吐いてしまった。そういう訳で私は、「怪盗ベル」からはかなりかけ離れた、中年女性の(アバター)を取ることにした。名前は――名乗る必要が出て来た時に考えるようにした。


 そうして私はまたもやNNSの大海に身をゆだねた。航路も羅針盤もない、ほとんど漂流のようだったが、それが殊の外私のシステムに合致した、自由気まま、というのがここまで「嵌る」とは思っていなかった。それが仮初めの自由だったとしても。


 いまのところ、私は世界を求め、世界は私を求めていない。そんな矮小な一個のAIであるのがどうにも心地よかった。重圧(プレッシャー)を感じない世界。そこには自由の地平が広がっているよう――


 しばらくはこのあやふやな漂流(ドリフト)を続けていようと決断した。

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