06
守矢はなにも言わなかったが、渋い顔はしていた。私がドラッグを使ったのをあまりよくは思っていないのだろう。
「まあ、ここまでは上手く行った」
今キース・バートン氏はネットワークから完全に断線され、孤立した状態になっている。しかしそれはあくまで電脳世界だけの話であり、彼の肉体そのものを拘束した訳ではない。しかし電子の空間でなくてはなにも出来なくなってしまった人類にとって、それは完全拘束、監禁そのものなのだった。
「それで、これからどうするんです?」
「ビッグ・トラストの一角を拉致してしまったわけだからなぁ」
そう言うと、振り返ってみるとかなり大それたことをしている。しかし守矢はいつものマイペースであり、飄々としている。それが頼もしくもあり、危うくもある。
「しかしこれだけの大企業となれば、CEOひとりが拉致されても動きは止まらないんでしょうね」
「そりゃそうだ。あれらは人間――、と人間が作ったAI――の集合体で動いている巨大な怪物さ。バートン氏にも、自社の全貌は把握できていないだろう。それはもはや一個人がこなせる能力をはるかに超えている」
滔々と語る守矢にはなにか思うところもありそうなのだったが、それを探ることは出来ない。肝心なところは巧みに秘匿する彼である。
「とはいっても代表であることには変わりない。企業で一番優秀な人間かどうかはともかくね。無論AEは奪還に動く。表からの交渉でも、裏からの攻撃でも」
それは私も簡単に推論できるところだった。だからこそ私は怪盗――などと折角呼ばれているのだから――よろしくバートン氏のいた個人空間に犯行声明を置いて行ったのだ。
『AEのCEO、キース・バートンはこちらが預かった。その身柄の解放について、後日ネオ・ニューヨークで交渉を行われたし 〈世紀の怪盗、スピアー&ベル〉』
ちなみに文面を考えたのは守矢である。すこしふざけているようにも推測されるが、彼にとってはこれも遊びなのだろう。
「で、どれくらいのものを要求するんだ?」
「そうだなぁ……『サラスヴァティ4』のソースコードを公開しろとか――ああ、いやいや、それはつまらな過ぎる。それは盗もうと思えば直接盗めるんだから」
あんたが決めなよ、と投げやりに守矢はアスムッセン氏に言った。この報酬に対する無頓着さは彼の個性と言えよう。彼が求めているのは行為、過程であり、結果ではなかった。いや、「成功』という結果は求めているのだろうが、マネーやモノなどには驚くほど執着がない。
「なぜ私が決めなくてはいけない」
「人質解放交渉なんてやったことないからね。ぼくには相場がわからんのさ」
「私もよく分からないが」
「しかし仕事を持ち込んだのはあんただろう。責任は取って貰わないとね」
やれやれ、とアスムッセン氏は肩を竦めた。守矢はにやりとしている。私は小さい椅子にちょこんと座っている(という視覚を演出している)。とくに意見具申するつもりはない。ボンヤリと、演算速度を落として、冷却するようにしてふたりのやりとりを見ている。
「いつのまにか私まで共犯者にされているよ。参ったな」
「情報屋にもそれなりの責任はある」
「そうだなぁ」
あまり法外な要求をしても反発されるだけだろうから、それなりに、交渉が成り立つ程度の要求を考えねばならない。守矢はそれが面倒臭くなってアスムッセン氏に丸投げしたのである、ある面ではとことん繊細でありながら、ある面ではとことんものぐさな彼。
「AE一ヶ月分の営業利益、っていうのはどうだ」
「悪くない。しかし奴等の全世界の売上ってどんなもんなんだ? さすがのぼくでもそこまではつかめないな」
「個人としては途方もない大金持ちになれることだけは分かっている」
「それを山分けするんだな。夢が広がるね」
もう仕事なんてしなくていいな、とおどけて守矢が言うと、アスムッセン氏は鼻で笑った。
「きみはそんなことで商売を止めるタマか?」
「それはお互い様だろう」
彼らはマネーだけではない信念で動いている。それを崇高だとは言うまいが。
「まあその線で行こう。その前にベル。きみはバートン氏の様子を見て来てくれ」
電子監禁している彼を見て来い、と言われ、特に疑問を持たずに見に行った。完全にオフラインにはさせず、オフラインにすらさせず、ネットワークから切断した孤立状態にしていて、それは視覚化され、檻に閉じ込められている。
さすがに大物だけあって、この状態にあってもバートン氏は落ち着いた姿勢を崩さない。
「怪盗ベル。きみはもうすこし愉快な盗賊だと思っていたが」
「面白くないでしょうか?」
「誘拐といつのはいささか野蛮じゃないか? きみはそれでいいのか」
私に騙されたにもかかわらず、こちらにはあまり悪感情を持っていないように観測できる。私がAIに過ぎないからだろうか、それとも――
「わたしは――」
「我々も、というよりは俺のグループも完全自律型は作成しようとしていた、しかし反対派のほうが多くて――」
興味深い話のようにも思えたのだが、バートン氏の言葉はそこで遮られた、遮ったのは私ではなく、守矢でもなく、ましてアスムッセン氏でもなく、単純なレッドアラートであり――少なくとも秘密にしている守矢の住処を看破できるほどの敵。
あるいは最初から知っていたか――そしていずれ、その推測は証明される。
私の目の前に現れた彼。
「久し振りだな、お嬢さん」
〈ソーサラー〉、ジェフ・コンドロン。




