04
話は翌日のことになる。大分疲れている筈のキース・バートン氏は休みを求めている。聞いた所ではこれが一ヶ月ぶりの休日らしい。世界のトップとなればそれだけ忙しいのだ。まあ、AIの私には急速という概念自体がないが――スリープ状態でも学習は行っている。
さて、私は今から彼に接続しなければならない。
「しかし、いつのまにきみはそんな手管を覚えたんだい?」
守矢は疑わし気だったが、どこか面白がっている節もあった。
「それはお答えしかねますが――私を走査したのだから、わかるのではないでしょうか?」
「段々生意気になってきたな」
だが、きみがどういう成長を見せるかが楽しみでもある、と彼は言った。
「そこに完全自律思考型の意味があるのだからね」
「ご期待に応えられるように善処します」
私が今後どういった変化をするのか、それは私自身にも推論できないところだった。これからの経験によって如何様にも変わるだろう。私はそれでいいのだが、守矢はそこに危機感を持っていないのだろうか。持っていないのだろう。常に世界を斜に構えて眺めながら、その実すべてを楽しんでいるような男が――
「とにかく、今回〈スピアー〉は裏に回っていてください。出番はもうすこしあとです」
「はいはい。しかしきみはぼくに指示するまでになったんだね」
「これは提案に過ぎません。今回の作戦に関しても承認したのはあなたなのですから」
なんにせよ、これから幾らかの準備が必要になる。その事前準備として、まずはバートン氏の身辺を探ってみると、確かにアスムッセン氏の情報通り、そこはかなり無防備になっていた。平和ボケなのではないか? と観測するくらいだ。
とはいえ、私はそこに単身乗り込む訳だから、「ベル」のままでは少々まずい。私の名前と顔は――守矢がもくろんだ通りに――売れ始めているからだ。しかも悪名として。そういう訳なので新たなアバターと偽名を用意する必要があった。守矢に紐付けされない為に一時連結を切る必要もある。
そこから私の手腕が問われる――あまりスマートではなく、いかがわしさもあるような手段を取るのだから。
しかし本当にバートン氏は気が抜けている。確かに鍵は掛けていたのだが、それは「あやとり」と言うまでもなく簡単に突破出来て、呆気ないほどに侵入できた。彼の個人空間にはひとりしかいない。知られているところによれば、彼には妻も恋人もいない。言い寄ってくる女はひっきりなしだと推測できるのだが。バートン氏は孤独を愛しているのかもしれない。
だが彼も男だ。完全に女に無関心という訳でもあるまい。そこに私の付け入る隙がある。
バートン氏は私に侵入されているにも気付かず、ひとりでゲームをしていた。元々がゲーマーだからAEに入り、様々なヒット作を手がけ、若くしてCEOにのし上がったのである。というと平和的にも思えるが、いっぽうでは出世の為には手段を択ばない非情な男という評判もある。
果たして私にはどんな顔を見せてくれるのだろうか。
ようやく異変に気付いたのか、バートン氏はゴーグルを外してこちらを見た。
「なんだ、どうやって入っていた?」
しかしあまり危機意識も持っていないようだった。バートン氏がどのような好みをしているかは分からなかったが、私は低身長ながらふくよかな身体をした、ショートボブの黒髪をした容姿をしている。私の調査ではこういうスタイルが一番男が好むということになっている。あくまでデータとしての調査であり、私自身は理解できていない。
「おひとりですと淋しいかと思って」
「それなら最初から自分で調達しているよ。わざわざ入って来てご苦労なことだが……」
「すこし不躾な真似をしたのは謝ります。しかしそれは社員様のお気遣いなのですよ。こういった日に、ゲーム以外の癒しを得てもらおうとセッティングしたのですわ」
私はしれっと嘘を吐いた。バートン氏は疑わし気な目をしていたが、あまり警戒もしていないようだった。もしかしたら本当にこのスタイルが彼の好みなのかもしれない。
「ふぅむ……しかし俺も結構疲れているからなぁ」
「ですから癒しが必要なんですよ、キ・ー・ス・さ・ん」」
私はアマンダさんから学習した媚び方を使い、彼の警戒を解くようにして殊更性的なところを見せつけて近付く。
「ううむ」
「悪いようにはしませんから……」
私は彼が座っている赤いソファに、隣になって座り、彼の両手を、指を絡めるようにしてつかんだ。もちろん彼に温かい熱を味わわせる機能も付けてある。
「どんなゲームをしてらっしゃたのかしら?」
「古臭いゲームだ。『チャージ・アサルト』っていうシューティング。俺が昔に作ったものだけどね。短いゲームだがこうい時の気晴らしにはもってこいだ」
「あら、それ……私もやったことあります」
バートン氏は思ったよりも気さくな男のようだった。「快」の反応がすこしずつ膨らんできている。
「ああ、そういやこの前、ただの噂だが――どこかでAIが完全攻略したとかって話もあったな。まさかとは思うが、きみだなんて言うつもりじゃないだろうな」
「そんな、まさかぁ」
「でもAIなんだろう?」
私は控えめに答えた。
「そうですけれど……むしろそのほうが後腐れなくて、いいでしょう?」
それもそうか、と彼は頷いた。すでに警戒心が抜かれている。しかし、いくら彼がセキュリティに甘いとは言っても、普通の思考力を保っていればもっと警戒していただろう。つまり彼はそれだけ疲れていて、本来の判断力を失っていると言える。
まあ、その方が都合がいい。
しかし問題もある――私には脳髄性交の機能がないことだ。つまり彼が辛抱溜まらず、といて襲い掛かってくる前に仕事をこなす必要があるということだった。




