02
信用情報や個人情報ではなく、人物そのものを狙う犯罪というのはじつに野心的である。と同時にそれはハッカーとは少し違うのではないか、という考えもある。守矢はその考えだったようで、最初あまり乗り気ではなかった。
「拉致誘拐ねぇ……ちょっと直接的すぎる仕事だな」
「いや、別に肉体世界の身柄を拉致するわけじゃない」
「そりゃまあ、そうだが」
私は決まったことに従うだけだった。進言くらいは出来るかもしれないが、決定権はあくまで守矢のほうにある。
ただ、やるかやらないかとは別に、そんなことが本当に可能なのかという問題もある。
「きみにはそれが可能なはずだ」
「しかしなぁ」
「敵とみなせば殺人も辞さない〈スピアー〉が、誘拐には躊躇するのか?」
「ぼくが殺すのはぼくを狙う奴だけだ。能動的に殺したことはないよ」
自分はハッカー、殺し屋ではない――そういった自尊心をにじませる彼。殺伐なのは本来好みではないのだった。その感覚は私も有している。かと言って、盗みが優雅かというとそうでもないのだが。それはフィクションの世界でしか存在しない。
「きみが乗らないのなら、この情報は別の奴に売るだけだがな」
「〈ソーサラー〉辺りにかい? 無駄だよ。奴はぼく以上に仕事に対する美学が強い」
「別に彼とは言っていない」
「しかしそんな大それた仕事をこなせる奴なんてそんなにはいないだろう」
「だから最初にきみに持ってきた」
そうやって守矢の自尊心をくすぐるアスムッセン氏。しかし完全にお世辞で言っているのではないのだろう。〈スピアー〉は超一流の犯罪者。そしてその名前を売るのには意外にも積極的である。今回のキース・バートン氏の拉致を成功させれば――
「話を蒸し返すようだけど、それはハッカーの仕事と言えるのかい?」
「拉致、という表現がよくないのかもしれない。実際にやるのは、彼の個人情報、接続先を奪い、ネットワークから完全に孤立させて接続権を握ることだ。ハッカーらしい仕事だろう?」
「この世界では人間ですらも情報、っていうことか」
この辺りから、徐々に守矢は仕事に興味を持ち始めたようだった。しかし深く思案もしている。悩んでいる、というほどではない。守矢は実際的な人間であり、洞察力はあるが内省的な思考はあまりしない。
「ふぅむ。確かに言われてみればなぁ」
「それに、きみは自分の実力を試したいんだろう。だからCSAを抜けた。個人でなにができるか、その可能性に賭けた野心家――私はそう評価しているが」
守矢がこの仕事を行うことによって、彼自身にも、そして社会にも明らかな変化が起こる筈だった。私が推論できることなど、彼には容易に想像できるだろう。それゆえ彼はすこしずつ「やる」ほうへと舵を切っているのである。
アスムッセン氏のおだて――あるいは挑発――にも多少揺さぶられている。冷静沈着な守矢にも、ひとりの人間としてそういった感情、人情はあった。
「ベル」
彼は静かに私に語りかけた。それはAIに対する質問とはやや違う色を含んでいた。
「はい、なんでしょうか、〈スピアー〉」
「そんなこと、ぼくにできると思うかい?」
「具体的な作戦が固まらないことには、なんとも。しかし〈スピアー〉の資質、という意味であれば私は肯定します」
「ベルも〈ミスト〉もぼくを追い詰めるなぁ。むしろぼくが拉致されてるんじゃないか?」
しかし、そういった冗談が飛び出すところを見て、私は守矢が腹を決めたと判断した。
それはすぐに証明される。
「いいだろう。やってやるさ」
「それでこそ〈スピアー〉だ」
利害関係はあるにしても、アスムッセン氏が守矢をかなり高く買っているのは確かなようだった。
「で、〈ミスト〉。きみがつかんだ情報、その具体的なところを教えて貰おうか」
アスムッセン氏はAEのCEOであるキース・バートン氏の今後2週間のスケジュールを把握していた。それによると、バートン氏はここ最近かなりのハードスケジュールを組んでいるようだった。というのも、10日後にAE謹製の最新型ゲームプラットフォームがリリースされ、その広報活動に勤しんでいるのだった。
守矢はおたくの割にゲームはまったくやらないが、私は独自にその情報を追っていた。「サラスヴァティ4」はゲーマーのフォーラムでたいそう話題になっている。その興奮気味な情報の奔流にやや惑わされはしたものだ。
そしてそのリリース当日にバートン氏が直々発表会を行う。そしてその翌日がオフになっていた。
「その時が一番狙える」
「そううまくいくかな」
「バートン氏は安全保障については少々甘いところがある。露出も多い。ここでかなり隙ができるだろう」
さて、どうするか。情報の奪取という意味ではこれまでのハッキングと変わらないかもしれないが、やや毛色が変わってくるのも事実。綿密な計画が必要になるだろう。一度仕事となれば、守矢の脳はフル稼働し、巧緻な作戦を立てる。それが既に始まっている筈だ。
――と思考していたのだが――
「すこし、面白いことを考えた」
そして彼の口から出た案は、全く意外なものだった。
「今回の作戦に関しては、ベル、きみが立案してみろ」




