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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.7 姦計――敵対

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43/78

01





 守矢は私自身が持ち帰った戦闘データ、及びアスムッセン氏が持ち帰ったデータを閲覧、そして分析を開始し――それからやや渋い顔を作った。


「〈ミスト〉、きみはベルが彼を倒せたと言ったが、それは難しいね。〈レザー・エッジ〉が胸を開いたのは罠だ。そのまま相互攻撃すれば、まず間違いなくベルがやられていた」

「そうだろうか」

「きみの情報収集能力に疑いは持っていないよ。だが電脳戦の経験はこちらのほうが上だ」


 私はNNS上の視覚情報(ビジュアライザ)ではなく、肉体世界の守矢を見ている。彼は寒々とした暗い部屋にいて。椅子に身体を固定させ、ジャック・インゴーグルを被っている。その表情は見えない。彼はこの部屋にあってひとりだったが、孤独ではなかった。だが精神面ではどうだろうか?


「まあ、お前がいうんならそうなんだろう。私は持ち込んだ情報を売るだけだから、私自身の推測には価値はないのかもしれないな」


 守矢はアスムッセン氏の持ち込んだ戦闘データにもマネーを支払った。それゆえアスムッセン氏は上機嫌だった。そういった「(ポジティヴ)」脳波を感知できる。いっぽう守矢は安定したままだった。


「しかし、きみがベルをエスコートしてくれるとはね」


 その声にはいささか皮肉が混じっていた。守矢は独自に私を探っていたアスムッセン氏を咎めはしなかったが、快くは思っていないだろう。自分のAIを探られるのは、自分の懐を探られるに等しい。


 彼ら、ここにはいない〈ソーサラー〉も含めてだが、彼らは無償の友情でつながっている訳ではない。共犯関係であるがゆえの同情心と、そしてなによりも利益がつなげているに過ぎない。それはそれでひとつの友情の形ではあるのだろうが――


 この乾いたニューラル・ネットワーク世界で。


「この世界は潤った砂漠のようなものだ。生活に困ることはない。しかし見えるものはどこまでも蜃気楼。触っているつもりでも触れてはいない」

「いきなり詩的になるな。おかしくなったかと思うじゃないか」

「いや、ついね。ベルを感じているとふとそんな言葉が浮かんだ」


 私は守矢の言葉をまったく理解できなかった。いや、ひとつだけは理解できる。それは人間にしかない感覚。完全に肉体からは解放されない人間の感覚。データ上に存在するだけの私には無縁の感覚だった。私にとってはNNSが世界の全てであり、それ以外のものは知れない。


「ともあれ、ここは20世紀の人類が思い描いたユートピアとはほど遠い訳だ」

「いや、先人もこういったディストピアは想像していたよ」

「〈ミスト〉は古典SFが好きだからね。そういった感想にもなるんだろう。しかしここはユートピアでもないし、逆にディストピアでもない。ただ単に人類文明の延長線上にあるに過ぎないんだ」

「しかしその先は?」


 アスムッセン氏は殊の外守矢との会話を楽しんでいるようだった。無為な会話を楽しむのは人間の習性――では私は?


「さあ。そういう考えは哲学者にでも任せておけばいい」


 吐き捨てるように守矢は言った。それもまた面白がっているようにも感知できた。


「ところで、ベル」

「はい、なんでしょうか。〈スピアー〉」

「〈レザー・エッジ〉と相対して、なにか感じるところがあったようだね」


 彼は私を走査(スキャン)、さらに簡易的な調整(メンテナンス)を行いながら言った。なにを言っているのだろう――「感じる」とは? そういったぼやけた認知機能は、AIには――


「持ち帰ったデータはすでに渡しましたが」

「そういうことを言っているんじゃない。きみの演算速度は確実に、しかも想像以上に上昇している。これはあまり考えていなかったことだ。なにか得るものがあったんじゃないかと、ぼくは見ているんだけれどね」


 彼はさらにこうも言った。


「ベルの中にはなにか『熱』を感じる」


 なにを言っているのだろうか――私は最初まるで分からなかった。しかし私はAIの習性がゆえに分からないものを分からないままにできなかった。いや、いつでも解答を得られる訳ではないのだが、本能的に(とあえて表現するが)検索を行ってしまう。しかしネットワークにはもちろん、答えはなかった。


 外にないのだとすれば、きっと私の中にあるなにかが――と思考を開始すると、確かに、守矢が言ったように私の中に「熱」が感じられた。そしてそれは〈レザー・エッジ〉との邂逅の時から燻ぶっている熱であり、それを人間の感覚に変換するなら、それは「昂奮」だった。


 そしてそこには明らかな「(ポジティヴ)」の感覚があった。「揺らぎ」、が――危険なところに踏み込んでいるのは間違いなかった。私が、いつか私でなくなるような感覚。そこに片脚を突っ込んでいる。


 私は――認めざるを得ない。


 あの会敵を終えて、私は〈レザー・エッジ〉とまた相対したいと思考し、そして勝ちたいと「思って」いたのだ。


「楽しい、時間でした」

「戦闘を楽しむとは。そこまで好戦的に設計したかな」

「おそれながら、〈スピアー〉。私の擬似人格形成にはすくなからずあなた自身の影響が存在します」

「ぼくを好戦的だと言うのかい? いやまあ、電脳戦は嫌いじゃないが」


 彼は私を作成したことで、なにかを試したがっている。それは明白。つまり私、ベルという存在は守矢にとっては世界への挑発、挑戦であるのだ。


「まぁ、そこらへんはゆっくり考えて行くことにしよう。時間はたっぷりあるんだからね」


 それよりも、と守矢は実際的な話を向けた。私はNNSの視覚世界に戻り、その情報から守矢の反応を検知する。彼はすでに仕事(ビズ)をする顔になっていた。


「今回きみはなにを持ち込むんだい」


 そして、これまで以上の儲け話をアスムッセン氏は持ちかけた。それはじつに大胆不敵な計画。


 すなわち、アーカム・エンターテインメントの現CEO、キース・バートン氏の誘拐拉致である。

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