06
「反応速度が上がっている――〈スピアー〉め、ここまで仕込んでいたのか?」
〈レザー・エッジ〉が分析している通り、私の演算能力は加速度的に上昇していた。そして集中もしていた。世界が「ゆっくりと」、見えるように錯覚する。錯覚ではないのかもしれない。私の「速度」は、相対的に上がっているようである。
私はこれまで、自分の性能を十全に発揮していなかったのだろうか。新しい世界が見えている――その中で「ヴェスパ1」を放つと、〈レザー・エッジ〉の操作している攻撃型AIの一機をそのまま仕留めた。
これが、私?
「危機に瀕して能力を上げたか。それも自動的に。これが完全自律思考型AIだと言うのか?」
「私に分かるところではない……」
彼に相対して感じた(そう、感じた)戦慄がそれを引き出したのは間違いない。しかしその反応は、その……じつに、人間的ではないだろうか?
「ある程度は想定されたことだ。だがそれゆえに、貴様は生まれてくるべきではなかった!」
私が戦慄しているのと同時、彼も戦慄しているのが分かった。ここで行われている戦闘は史上類を見ないものだということ。
「AIにも生きる権利はあるわ」
「生きる? ソフトウェアに過ぎない、デジタルの集合体に過ぎないAIが、『生きる』?」
「AIにも自己保存本能はある。それはあなたも知っていることでしょう」
「それは使用者の為に打ち込まれたプロトコルに過ぎない。生物に備わる生存本能とはまったく異なるものだ」
話しながら戦闘するというのもおかしな話だった。しかし私も〈レザー・エッジ〉も対話を続けながら、同時に攻撃用プログラムを打ち続けている。
防御と攻撃は両立しない――それは分かっていること。私は「ヴェスパ1」を稼働させる分、ダミーデータを生成する速度を落としている。しかしそれは向こうも同じ。こちらが攻撃を仕掛ければ、向こうのそれは鈍る。
「ここまでとは。簡単にやらせてくれんとは予測していたが……」
〈レザー・エッジ〉の声はどこまでも冷静、あるいは冷徹であった。状況を俯瞰的に観察している。彼は本当に人間なのだろうか? それはAI的と表現してもさしつかえないほどですらあった。機械よりも機械的な人間――いや。彼もまた完全自律思考型AIなのではないか? そんな疑念がよぎったほどだった。
「これ以上塵でネットワーク世界を汚すわけにはいかん」
彼がデブリと称したもの――データの消去は本当に無になる訳ではない。ゴミクズではあるかもしれないが容積は存在していて、それは着実にストレージを圧迫する、そういうことを言っている。
「悪いが、仕留めさせてもらおう」
これまで攻防をAIで間接的に行っていた〈レザー・エッジ〉が直接スクリプトを書き始める。これまた高速。そしてこちらの防御コードを正確に読んでいる。精密無比な「あやとり」。再び戦慄。先程よりもずっと強烈な――
その中で、私はもう一つの反応を示していた。だが、それは――言語化できない――してはいけないような――
危機ではあった。だがそれは同時に機会でもあった。私の中で「Ec3」の起動を推奨する思考が生まれた。だが危険。危険。命を奪うことに倫理的規制は私には掛かっていない。危険なのは――それでこちらも無防備になることだった。
いち交差で殺るか殺られるか。はたしてそこまでリスクを背負うべきところなのか? しかし私の推論は安易な逃走は不可能、と判断している。それを無視できない。私は常に最善手を打たなければならない。
「やはり、貴様は危険な存在だ。〈スピアー〉はそれを自覚しているのか?」
だがそこで〈レザー・エッジ〉は「あやとり」を中断してしまい。自身を暗号化させた。こうなると攻撃プログラムは届かない。つまり彼は危険を冒してこちらを破壊するよりも、自身の安全を優先したことになる。前の〈マーセナリー〉もそうだったが、人間は自分の生存を一番に考える。当たり前ではあるが、そこが01に過ぎないAIとの違い。
「まぁいい。今回は最初から貴様を捉えることは考えていない。完全自律思考型のデータを持ち帰るのが最優先だ」
「負け惜しみなの?」
「戦略的目標を得ることが即ち勝利だ。AIの貴様には分かっているのではないか」
今まさに視線をくぐるが如くの攻撃をお互いに仕掛けようとしていた。視覚情報は状況に応じて自動的に生成される――その時、私の顔と彼の仮面は口付けをするかのようにぴったりと接近していた。敵を殺る距離。あるいは――
「また会おう。電子の妖精。今度は必ず貴様を仕留める。その為のデータ解析を行わせてもらおう」
そう言えば、守矢も私のことをそんな感じに呼んでいたような。守矢と彼の感性は似通っているのかもしれない。性格は正反対――いや、ちょっとやそっとでは動じないのはやはり似通っているのか?
「データを得たのはお互い様。これで私たちの商売もこれまで以上にうまくやらせてもらう」
「盗賊行為が商売か? ――まあ〈スピアー〉にとってはそれでいいのだろう。しかし貴様はそれでいいのか? 使われるだけのAIに――」
そこで〈レザー・エッジ〉はおかしみを感じたのか、初めて人間的な反応――苦笑を見せた。
「私らしくもない。AIが人間に使われる存在なのは、間違いないことではないか」
それが捨て台詞ではなかったのだろうが――その言葉を残して〈レザー・エッジ〉は戦闘領域から離脱した。
「使われる、存在――」
彼の最後の言葉は、普通ならば聞き流す程度のもの。しかしその時、私には確かにノイズが――
だが、私はそれを不要なものと判断し、消去した――




