05
どこから追われていたのだろうか?
私はいささか不用意だったのかもしれない。AIにはあるまじきことだ。私の素性はある程度知られているのだから、もうすこし警戒線を張っていたほうがよかったのかもしれない。しかし、そうしなかったということは――私は、自由時間に浮かれていたのだろうか――
ともあれ、今の状況に対処する外ない。
敵はCSAの誇る最強エージェント、〈レザー・エッジ〉。その正体は謎に包まれている(そもそも素性を明かしているエージェントなどいないが)。ポリスAIではなく人間、しかもそれだけの人物を投入してきたということは、私を本気で消しに来ている。
のか?
最善手はひたすら逃亡すること、しかしその手はすでに強烈に重い錨の如き打刻を打ち込まれたことで封じられている。これで〈レザー・エッジ〉は簡単には逃してくれない。どこまでも追うことができる。
「警告する。抵抗するなら容赦なく貴様を消去する。しかし〈スピアー〉の住処を教えるならその限りではない」
〈レザー・エッジ〉の容姿は非常に無気味である。黒ずくめのスーツにネクタイ。まるで喪服のようだ。だがそれ以上に異様なのは顔を覆った黒いマスクだった。標的に威圧を与えると同時に絶対に正体を明かさないという意思表示にも見える。
彼は一度捉えた標的は絶対に逃がさないとの評判だ。それゆえハッカー業界では畏怖の対象とされている。彼にマークされることだけは避けなければならない――私の情報にもそう銘記されている。それは守矢が刻んだもの。警戒レベルは――SS級。これ以上のレベルは存在しない。
つまり私は瞬時に消されることを覚悟して挑まねばならない。
「つまらない挑発ね。人間を売って生き残ろうとするAIがどこにいるというの?」
「しかし貴様は完全自律思考型AIなのだろう。それ位の想定はしてある」
お互いピンは打ったが、そこからは睨み合い――実際に睨んでいる訳ではないが――が続いていた。
「恐怖はないか。確かに貴様はAIだ。人間ではない。とても冷たい」
「冷たいのはお互い様」
あなたこそAIのような人間だわ――と私が続けても、〈レザー・エッジ〉の脳波は微動だにしない。恐るべきほどの冷静さ。それが場数を踏んできたゆえの自信、余裕なのか、それとも生来の性格なのかは分からない。しかし推論すればそれは両方あって――それは高次に融合しているのだろう。
「投降しないのであれば、迷いなく攻撃する」
その言葉通り、彼は攻撃用AIを複数展開した。それは同時にこちらの攻撃をそらす役割も与えられている。すべて最新第9世代――応用演算に優れたタイプ。
しかし警戒すべきはAIそのものではない。それだけの高性能AIを用意出来る、CSAのバックアップの存在する彼、そして臨機応変にAIに対してリアルタイムで指示を打てる〈レザー・エッジ〉のハンターとしての腕前である。
私は防御に徹するしかない。鋭いバグデータの注入を躱す為、ダミーデータを素早く展開。それも大量に。私にもかなりの負荷が掛かる。また守矢の住処に高額の電気代の請求書が届くだろう。しかしそんなことを心配している余裕はどこにもない。
「中々やる。こちらも最新型を用意してきたのだが」
〈レザー・エッジ〉の言う通り、データベースには存在しない型のAI。CSAがまだ公式にはリリースしていないものなのだろう。とすればこれはその慣らし運転を兼ねているのかもしれない。
「〈キュプロクスVer.4〉の攻撃を簡単にいなしてくれるな。貴様が高性能なのは認めよう。〈スピアー〉……卓越したエンジニア。企業に残っていれば重要な位置を占めていただろうし、今よりもずっと安全だったものを」
〈レザー・エッジ〉の言葉には、どうやら守矢のことを個人的に知っているような風があった。とはいえ守矢の個人情報までは突き止めていないようだから、彼としても推測で言っているに過ぎないと推論。
それはいい。私はここから細い勝ち筋を見出さなければならない。彼は守矢の居場所を教えれば助けると言っているが、どの道私がここで消去されれば、そこからログを浚って突き止めるだろう。よって私には生存しか道はない。
勝ち筋――まずは迎撃――反撃――敵AIの消去――迅速、確実に――本体を捉えはしない――逃走――隙を見て――高速位相変換展開――
――逃げるが勝ち――
私の演算能力が上がっていく。CPUが焼き切れるほどの高速思考。集中。集中。
〈レザー・エッジ〉の操作するAI、〈キュプロクスVer.4〉と言ったか、そいつらは私が撒き続ける欺瞞情報を次々と打ち抜き、潰してくる。こちらも再暗号化を繰り返しているのだが、その度に追い付いてくる。鋭い針のような攻撃。それは視覚化され、より凶悪な印象を与える。私には無意味だが。
その攻撃用プログラムは増殖圧殺型ではなく直接コアプログラムに「刺して」くるもの。つまり私の持つ一番強力な「ヴェスパ1」と同型の存在で、性能もほぼ互角。
それを〈レザー・エッジ〉は瞬間瞬間にアレンジを加え、使役している。私はまだやられていない――しかしその手腕は見事だと言わざるを得ない。人間業とは思えない。魔技。
私は戦慄していた――戦慄という反応が初めてここで生まれた。
だが、その戦慄こそが――私を生き延びさせる。




