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この世界をアイス・ワールドと呼ぶ者もいるが。
膨大な熱放出を起こすデータセンターと、その冷却装置は同時に軌道エレベータからもたらされる太陽光発電によって支えられ、現代のフィジカルは巨大なドームで覆われている。半ば揶揄、半ば自虐として人間達はそれを「氷山」と表現する。
もちろん、AIである私には関係のないこと。
バンク・プロヴァンスの裏口を突き止め、私はコード破壊の為のプログラムを起動させる。そんなに熱量を上げさせるプログラムではない。私自身が熱暴走してしまう訳にはいかない。
「――走査終了。24のコード脆弱性を確認――」
コード・ブレイクを「あやとり」とするのは守矢一流の表現。しかし実際にコード解析に入るとその意味がよく分かる。紐を解き、こちらの指に誘導する行為。
010100101000101――
データは視覚化され、それは六角形の壁に見える。鏡のように私を反射し、そこで守矢が私のアバターを赤髪碧眼の少女に作っていることを知った。それが彼の趣味なのだろうか。異性を要求している訳ではないだろうが、取り敢えず私は女性型に設計されているらしい。
コード・ブレイクは静寂な戦闘だった。簡易な防御プログラムと言ったが、とは言え何重にもプロテクトを施された、それなりによく出来た防護壁ではあった。それをひとつずつ、慎重に解除していく。マネーの匂いが近付いて来るようだ。
最後の最後、その時まで私の存在が露見する訳には行かない。それゆえ慎重。
解除。
解除。
ブレイク。
バンク・プロヴァンスの金庫まではもうすこし。私のハッキングはまだ把握されていない――解除――再び走査――
守矢はこれを楽しみの為にやっている。彼がその気になれば3大企業のいずれか、その要職に就けるほどの実力はある。しかし彼は野にいることを望む、ネットワークの陰でほくそ笑むことを愉悦としている。
その新たな愉悦が私。ベル。
「想い人を脱がすように、優しく解いていくんだよ、ベル」
私のデータベースには、守矢がフィジカルで実際にそういった経験をした情報はないが(隠しただけかもしれない)、ともかく彼はそういった諧謔を好んだ。
プログラムコードはすこしずつ難解になっていく。表層の防御壁は時間稼ぎの為に設定されているものなのだろう。となればここからは時間の勝負になる。私は演算能力を上げていく。
AIの私は人間のようにデバイスを使う必要がない。
最終防衛ラインにまで辿り着き、私は攻撃プログラムを速攻で打刻する。まだ。まだまだ。私は察知されていない。静寂。打刻。解けていく。解けていく――
「そら、財宝は目の前だ」
「連結を解除すべきでは、〈スピアー〉。私から紐付けされてあなたに情報が繋がれば――」
「足跡の消去まで含めて、これはきみへの練習だよ」
守矢の声は静かだった。どこまでも冷静。
「練習のための謎かけ――いや、これはあまり上手くない冗談だな。この程度のブレイクはきみにとって造作もあるまい」
「しかし私にとっては初めての仕事です」
「それはその通り。しかしきみには最初からぼくの培った手管が備わっている。簡単だろう? きみは使い方を覚えるだけでいい」
ベル、きみはぼくの最高傑作になる予定なんだからね――と彼は言った。
「もちろん更新は適宜していくが」
「戯れはここまでです、〈スピアー〉。中枢に辿り着きました。目標確認――バンク・プロヴァンスの顧客データと信用情報の回収開始――状況は順調に移行中――」
私自身にはデータストレージが存在しない。それは守矢が握っている。私の任務はその盗掘品を彼の金庫に納入すること。
それは滞りなく行った。
「ここまでは子供のお使いのようなものだ。だがおうちに帰るまでが遠足だからね」
まるで守矢はこれから起こることを精確に予見していたように言った。実際予見していたのだろう。ついでに言えば私も予見していた。それこそ子供にでも分かる因果。
バンク・プロヴァンスは自前の防衛AIを持ち合わせていなかった。だがそれはセキュリティを放棄していたからではない。それは外注していた。いや、ここはCSAの孫(の孫の孫――)会社なのだから、親に子守をさせていた、という表現のほうが正しいのか。
つまり、裏口が破られると同時に、CSAの保有しているポリスAIが駆け付ける仕様となっていたのである。
「盗られてから動くシステムだなんて、意味がないわ」
私は言った。それは独り言だった。守矢はそれに反応しない。考えてみれば、私が独り言を発するのは初めてだった。誰に聞かれる訳でもないのに喋る――それは私が完全自律思考型AIであることを示す証拠だった。
「まあいいわ。後始末こそが仕事の本体――」
それは私のデジタル化されている、守矢自身が書いた仕様書にも(そしてそれは私自身も閲覧可能)記載されているものである。
つまりここからが本当の戦い。静寂の戦闘から、熱を帯びた戦闘に――




