04
「どうしたの? 私に触りたくないの……」
アマンダさんはひたすら誘惑してくるのだが、もちろん私がそれに乗ることはない。こうなると彼女が哀れにも見えてくる。しかし彼女はそう作られた存在である。
彼女たちセックス・ワーカーはその為だけに作られたAI。それがために人間が売春する文化は廃れたが――世界最古の職業を売り渡した、とも言えるが――、彼女たちはそれでいいのだろうか――いいのだろう。
「ごめんなさい。私はここにセックスしにきたんじゃないの」
そう告げるとどういう反応をするか――と私はその反応を学習しようとしたが、アマンダさんはそこまで狼狽えなかった。
「そうなんだ」
「それは、あなたにとっては意外ではないんですか?」
「私とお話ししたいだけでくるお客様も多いのよ」
私のほうが意外に反応した。これは――彼女たちセックス・ワーカーを知るようでいて――じつは私自身を知るような――
「でもあなたは不思議ね。ちょっと変わっていて、その――」
アマンダさんの反応がまた鈍る。私のような存在に対応するプログラムがまだ未発達なのだろう。彼女は「客」から色々なものを学習しているのだろうが、私に触れて、それは果たして。
「セックスしたくないのなら、それでいいわ」
しかし、性的な気持ちよさとはどのようなものなのか、すこし興味がない訳ではない――人間を知る為に。しかし残念ながら私にはそんな機能はない。
残念ながら?
「……メロディちゃんは、本当に人間なの?」
「性欲のない人間はそんなに珍しいもの?」
「そういう訳じゃないけど」
これ以上彼女を困らせるのは少々気まずいような感じもした。
しかし、この、「感じ」。これまでの私にはなかったもの。曖昧回路だと考えてもいささか揺らぎすぎに思考する。これが今までのAIには存在しなかった、私だけのものなのだろうか。
ここで私の素性を明かすのは少々危険なように判断した。これ以上の情報収集は意味がない、そういった状況判断もある。しかし私には危険を冒す自由もある。なに、私が消えた所で守矢は困るまい――しかし――
最終的に私はこう判断した。
「じつは私は人間じゃなくてAIなの」
「……」
アマンダは完全に停止してしまった。まったく想定していなかった状況なのだろう。これ以上は踏み込んでは行けないと私の自己保存機能が判断している。しかしここでは――その商売ゆえに――個人情報を盗むことはしない筈だ。しかし。
「だから、私は同じAIが、セックスをするのを……」
「それは、知るべきではないわ」
彼女の反応は少々意外なものだった。もしかしたら、この瞬時にネットワークのデータベースに――AIであるがゆえに――接続して演算し、推論を吐き出したのかもしれない。とすればやや危険な話でもある。私が「怪盗ベル」であることもバレるかもしれないからだった。
だがそこまでは行かなかった。アマンダさんが私の正体を見抜く前に、娼館の管理人がNGを出したのである。
「困ります、お客様。これ以上我々のサーバに負荷を掛けられると……あまり無茶な要求はしてもらっては……」
ここらへんが潮時だった。
「申し訳ありませんが、接続を中断させてもらいます」
既にマネーを払っていたから、娼館側もやや下手に出ているようだった。なんにしてもこれ以上の情報収集は不可能と判断し、私はその切断を受け入れた。ここで揉めても仕方ない。
結局、私とほかのAI、とくに娼婦型AIの差を明確に測ることは出来なかった。
「ご迷惑をお掛けしました」
「いや、これはお客様の為でもあるのです。お互いに負荷が掛かればお客様のほうにも危険が……」
特に慎重に判断して選んだ訳ではなかったのだが、比較的良心的な店だったらしい。しかしやんわりと拒んでいるところもある。それはそうだろう。
「ごきげんよう。大いに楽しめましたわ」
私がそう言うと、管理人のアバターはあからさまな渋面を作った。まあ、もうここに来ることもないだろうから、別にいい。
もう売春窟にくる必要はない、と判断した。ここに私の求めるものはない。
――私の求めるもの――?
「揺らぎ」が危険水域に入っている。これ以上「自由」に動けば、私は崩壊するかもしれない。そんな予感があった。
「戻らなくちゃ……」
あまり遊んでいてもよくない、ということを私は学習しだ。それだけでもよしとすべきなのだろう。
守矢はもうすこし私を泳がせて――彼が私を使って自身も情報収集していることを分かっていた――いたかったのだろうが。これ以上は危険だし、意味も認識できない。帰還すべき。その判断が優先されるべきだった。
そして私はすぐさま守矢の個人サーバに方位を合わせ――そこで強烈な打刻を食らった。異様な程の敵意を認識した。いやに攻撃的だった。ということは、私を何者か知っている者の攻撃――
私も打刻を返した。
そして、戦慄が走った――私の自己保存プログラムを強力に反応させるような――
「敵コード識別――〈レザー・エッジ〉!」
裏社会のものなら誰もが知っている、最強のエージェントの名前が私に迫っていた。




