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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.6 余暇――剃刀

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02





 アバターを元に戻してみたのだが、私が最近巷を騒がしているAIだと気付くものはいなかった。姿形まではそこまで報道されていなかったのである。「ベル」という名前から、「女性性」を与えられているのではないか、という憶測のみ。


 そもそもニュースを賑わせていると言っても、この情報が分散化され切った世界でそこまで注目を集めている訳ではない。私の存在はたまの話のネタになるくらい――それはそれでよいことである。


 ネオ・バビロンの散策は早々に切り上げ、今度はネオ・ロンドンに向かう。瞬時に移動すると、そこには大きな時計台が見られた。ビッグ・ベン。肉体世界では戦争で崩落したらしい。しかしそれは電脳世界で再現され、永遠となる――と電脳視覚の生成を一手に引き受けるAEはうそぶく。しかし永遠とは本当なのか?


 肉体世界とは違うところもいくつかある――本来ビッグ・ベンはイギリス議会議事堂に建てられたものなのだが、こちらには議会は存在しない。あくまで遺産(レガシー)の復刻としてあるに過ぎない。そしてもうひとつ。人々の目を集めるのをいいことに、そこにAEは広告用の空中映像(エア・ビジョン)が浮かんでいる。


『AE・オニオンエンタープライズの新作MMO、【ボトム・オブ・ザ・スカイ】、近日リリース! 今度の冒険の舞台は、空だ!』


 ゲームの宣伝を行っている。RPGにさして興味はないが、学習の為にはそこに入り込む必要もあるのかもしれない。今すぐという訳ではないが。


 色々なことを「知る」必要がある。私のデータベース――守矢が予め仕込んだもの――には様々な知識はあるが、実体験ではない。知識と体験はまるでちがうものだと、さして起動してから長くもない時間で私はすでに学んでいた。


 その中には綺麗なものもあるし、綺麗ではないものもある。私が手を染めている、サイバー犯罪は汚いものの筆頭に間違いはないが、ここで言うのはもうすこし違うもの――別の表現をすれば「いかがわしいもの」ということになる。


 私はそういった場所のアドレスを手に入れ、向かった。クスリと賭博と春をいっぺんに手に入れられるような、地下街(アンダー)


 CSAはそう言ったいかがわしい商売については見て見ぬふりをしている。庶民のガス抜きは必要なのだと分かっているのだ。その点は古来からの為政者となんら変わることはない。それに扱っているものは際どいものだが、ある意味で管理されているものでもある――CSAの保障のないクレジットはほとんど使い物にならないから。


 その、現代の売春窟に私は足を踏み入れた。当たり前と言えば当たり前なのだが、こういった場所に於いても人間のアバターは美男美女ばかりである。あえて醜く自分を設定する者などまずいない。趣味の差はあるだろうが。


 それでもなお、そういった「春」を求める人間はあとを絶たない。そして現代、その相手をするのは脳髄性交(ニューロ・セックス)機能を搭載したAIなのだった。


 ことさらぎらぎらとライトアップされた、桃色の街。私は奇妙に浮いていたようだった。奇異の視線が目につく。しかし私の正体までは看破されなかった。


 こういったところでなにをしようか――私にセックスは必要ない。性欲というのは最も理解しえない人間感情もののひとつである。同時に恋愛も。しかし人間のフリをして、それを探ってみる必要もあるのかもしれないと思考した。なんでも知ること。


「お嬢ちゃん、欲しいのは男か、女か?」


 そうやって売春窟をうろついていると、やがて女衒に声を掛けられた。お嬢ちゃん、と呼ばれたが向こうも本当に私が少女だとは思っているまい。しかしあえて少女の見た目を設定している以上は、相手も「そういうもの」だとして触れ合うのが普通であり、このNNSの礼儀ともなっていた。こんな格好をしてこの様な場所に来る者は珍しかっただろうが。


 肉体世界にあった花街とは違い、女性――の、型をした男性もいるのだろうが――も数多くいる。セックスが生殖手段の為のものではなくなり、脳神経(ニューロン)で直接感じる娯楽となった時、女性も性的に解放されたのである。それが健康的なのかどうかは――私の判断するところではない。


「そうですね……」


 無視するのは簡単だった。しかし私は足を止めた。何度も言うようだが私にセックスは必要ない。AIが性的快感を得る訳がない。しかし私は性欲ではなく、そこで使役されている同類(AI)――セックス・ワーカーに興味をもったのである。


「どんな子でも用意出来るぜ。別料金(オプション)を取る事になるが、あんた好みのカスタマイズも可能だ。どんな性癖にだって合わせられる」

「私には特殊な趣味はありません」


 私はことさら人間らしく見えるように振る舞った。幸いにも見抜かれはしなかった――こんなところにひとりで来るAIなど有り得ないから。その女衒にしても想像の埒外だったに違いない。


「で、男か? 女か?」


 あまり悩まずに私は答えた。


「女性を望みます。若い型のほうがいいですね」

「なんだお嬢さん――澄ました顔して同性愛者(レズビアン)か」

「それはさほど珍しいものでもないでしょう?」

「そりゃそうだ。そういった性癖の奴にも合わせられるから、俺たちは潤ってる――まあCSA(ポリ)にお目こぼしして貰っている後ろめたさがないといえば、嘘になるがな」


 それから金額交渉をした。私はセックスをする訳ではなく、ただ話を聞いてみたいだけだったから高額なオプションは付けなかった――そしてマッチングは、これまたAIによって正確に行われる。


 そこだけが危険だと判断したところだった――AI診断に掛けられると、私がAIだと看破されないかどうかと思考したのだ。結果から言えば、それは杞憂だった。診断用AIにしても、人間と完全自律思考型AIの区別は付かなかったらしい。


 それは、いいことなのだろうか?


「それじゃ、お楽しみに……」


 そうして、私は初めて「女を買った」。

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