05
状況を順次洗い出す。
まず私は守矢の尖兵としてTRIAの原子力発電所をハックし、動力キーを奪った。それをゆすりの材料として使い、大金をせしめた。そのための交渉、その前面に立った。そして今、帰還の前に追われている。私を追っているのは人間の賞金稼ぎ。それも名うてのだ。
つまり向こうは私がAIであることを既に認識している。それがどういう意味を持つか。人間相手なら慈悲もあるかもしれない。しかしただのデータの集合体に、向こうがそんな意志を持つか?
「名前が売れるのもあまりいいことではないわね。そうじゃなくて? 怪盗ベル」
「私は自分をそのように認識していないわ」
〈マーセナリー〉がことのほか音声通信を行って来るのはどういうことなのだろうか。彼女がただ単にお喋り好きなだけなのか。それとも私に「揺らぎ」を与える為なのか。どちらとも推測されるが、どちらにしてもあまりいい選択とは思えない。
しかし私はその会話に付き合っている。
「〈スピアー〉への接続ルートを明かせば、あなたは消さないでおくわよ」
「それで私を捕縛して、そして私はどうなるの?」
「そうね。今よりはもっとまっとうな仕事に就かせてあげる」
「賞金稼ぎがまっとうな仕事とは思えないわね」
確かに私にも「揺らぎ」は起こっているのだが、致命的ではなく、そして「揺らぎ」は人間である〈マーセナリー〉にも起こっている。声の分析からそう見える。
「……あなたはAIのような感じではないわね。でも人間そのものでもない。これが完全自律思考型AIだというの?」
「さあ、分からない」
私自身に分からないことが、彼女に分かるとは推測されない。ここに私の難しいところがある。AIはネットワークの情報を収集、演算し、即座に回答を出せる、そのようなシステムである。しかしネットワークに情報のないものに対してはなにもできない。無から有を生み出す存在ではない。
そして「完全自律思考型AI」の情報は、NNSにはまるで存在しないのだった。私は既存のものに対しては適切な答えを出すことができる――だが自分自身に対しては答えるだけの情報が、そこには存在しないのだ。
「お前をここで消すのは、ちょっと勿体ないわね」
お前の残したログからは、〈スピアー〉を追跡できるけれど、と彼女は言った。しかしそれは思い違いである。私からは直接守矢に辿れないように、彼は慎重に設計してある。頻繁に住処を変える守矢なのだから、当然である。事実、私は今、守矢が「何処」にいるかを認識していない。彼とのアクセスは双方向的ではない。
つまり、ここでの戦いにはなんら意味がない。
「私はこの戦闘をまるで無益なものだと推測する」
「無益ではないわよ。お前を倒せば、すくなくとも私には報酬が入るんだもの」
「でもあなたは〈スピアー〉を個人特定しようとしている」
「逃げ足だけはすばしっこい、あの、あいつ」
守矢は何度か〈マーセナリー〉と会敵したことがある、と私のデータベースにある。
その情報は、今はひとつのことに利用される。つまり彼女に対する戦闘データを有効活用する。
人間には「手癖」が存在する。それは長所でもあり短所にもなる。今回で言えば、その「手癖」は私が〈マーセナリー〉の攻撃を躱すように使われた。
彼女の使役するAIは高性能――最新世代であり、こちらの演算能力とさして変わらない。しかし有利さがあるとすれば、通常のAIは人間による入力がないと有効利用されないのに対し、私は自由に思考でき、自由に戦闘できる。
私が戦闘の方向性を変えれば、〈マーセナリー〉はそれに応じてAIに新しい指示を再設定せねばならず、それが遅延となる
「まどろっこしいわね。こいつ」
そこで彼女は戦術を変えてきた。AIは支援用に切り替え、直接自分が攻撃プログラムを打ち込む――つまり、直接私に触れようとしてきたのだった。それはかすかに私のデータに触れた――ということは、それなりに効果のある判断であった。すこし冷たい感じがした――
――冷たい?
「直接触ってくるなんていやらしいわね。私には百合の気はないわよ」
そういった言葉が自然に生成されるのは、なんというか、守矢の変態的趣味の表れである。だがそれに、〈マーセナリー〉は別の感想を述べた。
「百合? レズビアンってこと? じゃあ、お前には女っていう性自認があるっていうの?」
それは中々致命的な問いであった。AIに性別はあるか、という問い。
もちろん、擬似的な男性的ないしは女性的な人格を与えられることはある。そうして人類はいまや人同士ではなくAIとの恋愛――そしてその先にある性愛――を楽しんでいる。しかし生物学的な意味ではどうか? 生命体ではないデータに、与えられた役割以上の性自認は必要なのか?
そして――守矢は、私を作った守矢は、私を「女」として見ているのだろうか?
「揺らぎ」が強くなってしまう。それが良くなかった。〈マーセナリー〉は期待はしていなかったのだろうが。
「――こんな言葉で、お前はぐらつくの? ……『人間』らしいじゃない」
そしてこの時は私も彼女も気付いていなかったが。それはこの戦闘の行方を変化させるものでもあった。




