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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.5 対人――傭兵

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31/78

03





 視覚化された者はあくまで視覚化されたものに過ぎず、本体はその中のデータにある。今私の手の中にある黒色の鍵――原子力発電所の動力キーは状況を分かり易くするために守矢が設定したものに過ぎない。そんなことは相手も分かっているだろう。


「いささか意外なことです。あなた方が発電所の動力をネットワークで制御するようにしていたのは。安全の観点から言えばその方式は推奨しません」

「実際、あなた方はそれを証明してみせた訳ですね」


 竹芝の反応には揺らぎは観測されない。経営的にはさして重大な状況ではないことを分かっているのだろう。醜聞を揉み消す――盗っ人に発電所を奪われるのを「醜聞(スキャンダル)」と表現していいのなら、だが――為に彼はいる。いや、それだけではないだろう。かれらは私を探りたがっている。


「ご承知のことでしょうが、私たちにとっては0225基を失ってもさして痛手ではない」

「しかしハッカーに奪われた事実を知られたら――」

「報道されなければどうということはない。なんなら0225基が最初から存在しなかったことにも出来るのですよ」


 それが権力者側の見解というわけだ。報道、情報公開のほぼすべてはビッグ・トラストが握っている、それは隠しようのない事実。個人が巨大権力に立ち向かえないのは、まさにその情報を握られているからなのだ。


 しかしだからといって、私たちの仕事(ビズ)が無為にされるのは――私や守矢以上に、一番怒るのはジェフだろう。それは重要事項ではないが。


「ではなぜこちらの交渉に乗ろうとしたのですか?」

「不安は一つでも潰しておきたい。あなたがたが地下(アングラ)でこの事件を吹聴されるのは、あまり好ましいことではありませんからね」

「それはビッグ・トラスト総意の見解ですか。それともあなた独自の?」

「私も権力の3分の1は握っている訳ですからね」


 その反応は、彼の事前情報を裏付けるものだった。できれば穏便にことを進めておきたい――よく言えば平和主義者、悪く言えばことなかれ主義者だ。


 だがこの顔をすべてと判断するのは軽率に過ぎる。裏でどんな手をまわしているかは分からない。とはいえ、この交渉の場に彼を引き摺り出しただけでも、こちらにとって大きな一歩となる。


「ハッカー、〈スピアー〉の住処(アドレス)は容易に特定できない。その意味で、私はCSAを全面的に信頼している訳ではありません。となれば、独自に交渉して穏便に過ごそうとする私の気持ちも分かってもらえると思いますが」


 つまり、こちらの要求を呑む代わりに、このことを完全に「なかった」ことにするのを竹芝亮は望んでいる。想定していたより交渉は簡単に進みそうだった。


「勿論、言い値でとはいきませんが」

「そちらは私を監視しているのではありませんか?」

「それは、もちろん。私単独で来るわけには参りませんからね」


 竹芝亮は言った。その言葉にはそれ以上の含みがあるように観測された。つまり私を値踏みしているということだ。


「しかし驚くべきことだ。あなたはAIなのでしょう。しかし人間と喋っている感覚とあまり変わらない。まったく変わりないといってもいいでしょう。これが完全自律思考型というものか……」


 私はその言葉を聞くと、バグというほどではないが、自身に微かな「揺らぎ」が発生しているのを検知した。あまりよくないことであると、私の自己防衛システムが警告している。しかしこの場で即座に修正することはできない。だが――この揺らぎは――なにか重要なものを含んでいるような――私にとって致命的な――


 私は帰還後、また守矢に調整(メンテナンス)してもらう必要があると判断した。ここではあえて無視するように選択した。


「私は人間ではありません」

「だが交渉は出来る」

「AIを介しての金銭交渉は別にこれが初めてではありません。幾らでも事例を挙げられます」

「それでもこれが前代未聞の事例であることに変わりはない」


 これ以上この会話を続けるのは危険だと診断した。


「実際的な話に入りましょう」


 交渉自体はそんなに込み入ったものではない。こちらが要求するのはあくまで(マネー)のみ。その金額が幾らかになるかだけの話でしかない。そしてこちらはそこまで積み上げようとは思っていない。危険なポーカーではない。もうすこし健全な遊びである。


 私が守矢から用意された提示額、300万WEBドルを言うと、竹芝亮は「それくらいでいいのですか」とあっさりそれを飲んでしまった。たしかに超巨大企業であるTRIAからすればはした金なのかもしれないが。もっと折衝があってもおかしくないと想定していたため、私は呆気にとられた。


「なに、安全と平穏を買うためなら安いものですよ」

「しかし、犯罪者の言いなりになって、あなたはそれでいいのですか?」

「もちろん、我々としても今回のようなことが二度と起きないように防護を十全にしていくつもりですがね。まあ、ここは素直に負けを認めた方が後々面倒なことにならないというのが、タケシバCEOとしての見解です」


 それはある意味で、彼の私たちへの信用であった。奇妙な表現になるが――守矢達を節度ある犯罪者だと認めているのである。


「この会談では得るものも大きかったですからね。完全自律思考型AIベル。あなたを知れたのは私にとっても、企業にとっても大きな財産となるでしょう」


 私の反応が観測されていることは分かっている。守矢も分かっているだろう。しかし私のここにある「揺らぎ」は? それは誰にも観測しえないものなのではないか?


「――しかしまあ、我々もネットワークに依存する世界というものは見直さないといけないのかもしれませんね。それゆえあなたたちのような存在を跋扈させているのですから」


 とまれ、会談はここで終わった。「交渉(ネゴシエイト)」(と呼べるほど本格的なものではなかったが)の経験は、私にも経験になっただろう。よくも悪くも。それは守矢にとってである。


「ではお互いの幸福を――いや、それはおかしいな。あなた方はあくまでゆすり屋の盗賊なのだから」

「平和であれば、それでいいでしょう」


 だが、私は竹芝亮の裏――彼個人というよりは、企業としての「裏」があるように推論していた。これで終わらせる筈がない。そういう訳で、私は会談場所のサーバに密かにスパイウェアを忍び込ませ、その動向を盗聴することにした。


 そしてそれによれば――


「彼女の足跡(ログ)はつかんだか?」

「はい、あのAIは現在幾らでも捕捉できます」

「よし、いいだろう。シェリフの確保はできているだろうな」

「もちろん、とびきりの()()()()を。〈マーセナリー〉を現在待機させております」


 戦闘の匂い――それを感じる。

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