05
辺りに赤い光が――戦闘を予告する色――照らし、警告音が鳴り響く。その注意はすべて〈ソーサラー〉に向けられている。私たちはまだ察知されていない。
私は前のCSAの時とは逆の立場になっている。あの時とは違って、今はひたすら息を潜めていなければならない。とは言っても暗号化を解除しないだけだが。
「彼の手際の良さはよく見ておくといい」
守矢はこの作戦が失敗するとは微塵も思っていないようだった。あきれるほどの楽観主義。あるいは経験に裏打ちされた自信なのか。
それはジェフも同じだろう。
ジェフのデータ展開の速さは人間離れしていた。自動で動いているガードAIの攻撃を次々と躱していく。彼のここでの役目は敵を引き付けること、および時間稼ぎだが、消極的にはならず反撃も行う。
「標的のデータ確認――ハンドル・ネーム〈ソーサラー〉!」
「それが分かったところでどうという訳でもないんだけどね」
飄々としている守矢はこの時も変わらない。
「しかし毎回毎回新しいプログラムを用意するというのは、ご苦労様としか」
「それが彼のスタイルなのであれば、否定する必然性はありません」
「そうだね。しかしあいつはプログラミングそのものを好いている。だからそうする――要するにおたくなのさ」
その傾向は守矢にも――私のような存在を作った通りに――あるのだが、気にはしていないようだった。そしてギークという者は多かれ少なかれ個人主義者であり、そういった存在はしばしばサイバー犯罪者になる。
「それで、私たちはどのタイミングで仕掛けるのですか」
「それは慎重に判断しないといけない――そうだ、きみがやってみろ」
私が? と反応すると守矢は面白いものを見るような顔を見せた。
「安全な仕事ばかりだと飽きるだろう?」
「私にそのような概念はありません」
「だが負荷の掛かる仕事をしないと成長しないのはAIも同じだ」
そんな話をしている内に、ジェフはガードAIを何体も排除していた。精密無比なその攻撃、ソフトウェアの捌き方は、まあ、確かに芸術家的だった。美しくすらあった。しかしこのデータの海で――美しさを見出すのは――それを管理する私自身は――
余計なものは常に除去している。しかし前に守矢が言った通り、私のクリンナップ機能には限界がある。ソフトウェアはそういうものだ。金属疲労的に、バグは残り続け、そしてバグデータと言えどもその残滓はソフトウェア中枢に影響を残し続ける。
「開始します」
「そうだ、それでいい」
守矢に背中を押されるようにして、私はランを開始する。暗号化を一部解除し、クレムを展開する。
「指示を、マスター」
私はまず彼女に打刻させる。彼女を防護壁に使っているような形ではあるが、私の演算ではそれが最善手と判断された。反応がある。そこから「あやとり」開始。
「かなり複雑な防御プログラムを編んでいます。当然ではありますが」
「そう簡単には行かせてくれないようだね」
その「網」は守矢も確認したようだった。だがまだ侵入察知はされていない。注意はなおもジェフのほうに向いている。とはいえ時間はすくない。速度こそが仕事に求められる第一のもの。だがだからといって精確性を失ってもいけない。幸いにも私はAIなので状況で精確性が左右されることはない。
「そら、ぼくも手伝ってあげよう」
奇妙な話なのだが、これが始めて行う守矢との共同作業だった。
彼はあくまでサブに回っている。この仕事は私に任せたいらしい。その意図は複雑で解読し切れるものではなかったが、その中のひとつに私の成長があるのは間違いなかった。
「そんなに急ぐ必要はない――まあ、きみに『焦り』という感覚はないだろうが。それは人間の『感情』のひとつだからね」
しかし、焦りと無縁なのはAIだけでなく守矢も同様に思われた。そこが、しばしば彼を非人間的に感知するところでもあった。完全に機械的な人間、という訳ではない。人間味は、むしろある方のように思える――しかしどこかに無気味なものを抱えているのも彼なのだった。特に、こういった仕事の時はそうだった。
仕掛けは順調に行われている。重要拠点のひとつを守っているだけあってその網は何重にも張られていた――破られること自体は想定済みなのだろう。それで時間を掛けさせ、その間にガードAIを展開する――標準的な防衛措置である。
「おや、ここはジョンソン=リー氏が平役だったころに作ったセキュリティ・システムを使っているみたいだな。やや古風だが堅実な作りだ」
ひとつの鉄壁の防御ではなく、何重にも編まれた防御システム。確かに古典的な発想のシステムである。それだけに安定しているとも言える。守矢はそれを、大昔にあった戦車の装備、反応装甲になぞらえた。
とは言え、最新の防御設備ではないのも確か。私と守矢は次々と破っていき、原子力発電所を丸裸にしていく。しかしそんなインフラ設備の動力キーをネットワーク上から奪えるようにしているのは、いささか不用心であるように判断する。
「それもこれも、電子化の弊害さ」
守矢はこともなげに言った。
「さあ、お宝は目の前だ――怪盗ベル、きみが掻っ攫ってごらん」
おどけたような守矢の言葉――彼がこういった局面でも諧謔を絶やさないのは、私の推論では今のところ理解不能だった。彼の心理を量ろうとすると、エラーが吐かれる。
しかし、その秘奥を知った時、私は――




