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守矢は自分の個人情報は巧みに秘匿しながら、いっぽうでは〈スピアー〉の名前を売ることには熱心であるようだった。私がそれから、幾つかの小さな仕事をこなしたあとでそれに気付いた。彼は有名人だった。よくも悪くもである。
〈スピアー〉を秩序を乱す悪辣な犯罪者だと言う者もいれば、いけすかない3大企業に一泡吹かせる怪盗、と褒めそやす者もいた。前者がほとんどではあったが。
私はどちらの意見にも与しない。というよりそんな判断をする機能がない。
私自身にとってはもっと重要なことがある――彼は匿名の仮面を被って世界に情報を流し、近頃巷で盗みを働く奇妙なAIが〈怪盗スピアー〉の片棒をつぐもの、彼が開発したAIベルだと吹聴したのである。
そしてそれが、史上初の完全自律思考型AIであるのも、彼は隠さなかった。私はにわかに注目を集める形になった――安全、という意味ではあまりよい状況ではない。
『――それでは次のニュース、またあのAIが、今度はネオ・ワシントンに出没し、TRIAの役員のスペースに侵入してクレジットを奪ったということです――』
ニュースでは度々私のことが話になる。なにか現実的ではないようなところがあった。その中では、私もまた怪盗ということになっているらしい。美少女怪盗、と呼ぶ者までいた。それについて意見を交わしている公共広場のチャットも覗いてみた。
「見ているかい。正直この反応は意外だったな。きみをアイドル化している者がいる――世の中そんなにロリコンが多いのかな」
「〈スピアー〉でも見通せないものがあるのですね」
「もちろん。ぼくはただの人間だからね」
「しかし賢い人間です」
「ひとは決して全知全能にはなれないという訳さ」
守矢の言葉は謙遜しているようで、ある意味傲慢でもあった。私の言葉自体は否定しなかったから。
『ハンドル・ネーム〈スピアー〉はなにを考えているのでしょうか? AEですらまだ完成させていない完全自律思考型AIを作りおおせ、そしてそれによってこの世界を嘲笑うかのように弄ぶ――』
「AEもその気になれば自律思考型は作れるはずだ。そうしないのは技術というよりもモラルの問題――これは前にも言ったかな」
つまり、守矢は人類にとっての危険因子になり得ると分かりながら、私を作成したことになる。彼には私を制御する自信があるのだろうか。
「しかし盗むのが信用情報や個人情報ばかりなのは、ちょっと味気ないとは思うね。これは何もかもがデータ化された世界の弊害とも言えるだろうね」
「どういう意味です?」
「そりゃ、きみ。怪盗なんておだてられたら、そういった生々しいものだけじゃなくて宝石とか美術品とか盗みたくなってくるじゃないか」
宝石はすでに価値のないものになっている――着飾るためのアクセサリーはいくらでも作り出せるからだ。いっぽう美術品というものは現代でも存在し、「絵」を描く芸術家は存在するし、著作権もCSAとAEが連携して保護している――保護しているという体である。
しかしそれもデータである以上はいくらでも複製可能だし、コピーして違法(厳密にはCSAらが行使しているのは「法」ではないのでこの表現は不適当なのだが)に売りさばく犯罪者もいる。だがそれは盗人の仕事とはやや違うし、守矢にはそういった違法には興味がないようだ。
「違法コピー、違法アップロードは芸術的じゃないな」
守矢には守矢なりの美学があるようだが、それは私には理解しかねる。
ともあれ、守矢の持つ技術は――プログラマーの能力も、盗みの能力も――金になる。実際彼はかなりのクレジットを貯め込んでいる。もっともそのままでは使えないから、ほかの犯罪者と協力してロンダリングしている。
そこで私は以前から浮上していた疑問を彼に訊いてみることにした。
「モラルの問題はさておき――私のような最新型AIを求める者は多いでしょう。それを売れば、盗みなどしなくても守矢は億万長者になれるのでは?」
それこそ、3大企業に比肩しうるほどのマネーと組織を得るほどの。
だが守矢は私の疑問をにべもなく一蹴した。
「マネーだけが望みなのなら、CSAを抜けてなんかいないよ。組織が欲しいなら――企業の中でのし上がる方法を考えていた筈さ」
守矢は反体制的ではあるが、かと言ってかれらになり替わろうとして戦っている訳ではなかった。個人であることを望んでいた。それを言い表す言葉を語彙から検索し――もちろん瞬時に――、それを彼に言った。
「〈スピアー〉は、アナーキストであるように判断されます」
守矢は苦笑したが、否定はしなかった。
「中々直截的な言葉で表現してくれるじゃないか。いいね。しかしアナーキストとは……『政府』のなくなったこの世界で、『無政府主義者』?」
「広義的な表現だと判断しています」
「なるほど。確かにほかにいい言い回しもなさそうだ」
などと話をしていたのだが、私はそこで別のことに気付いた。警戒すべきことだ。
「待ってください、〈スピアー〉。何者かがこの会話を傍受しています」
それは危険だった。アドレスを秘匿しているはずなのに、それをCSAに嗅ぎ付けられたら――しかし守矢は平然としていた。
「ああ、それならいいんだ。敵の傍受じゃない――彼には最初から回線をオープンにしているんだよ」
彼。なるほどと私は理解した。「彼」の情報は私にも登録されている
孤高の道を歩んでいるように見える守矢の、ただひとりの友人。
「しかし入って来ずにこっそり盗聴するのはあまり趣味がいいとは言えないな。用事があるんなら出て来いよ、〈ソーサラー〉」




