06
久々にいい仕事が出来た、ラルフには感謝しなきゃな――と守矢は言った。彼は彼で仕事に生きる男である。それがいかにいかがわしいものであってもだ。
今回はその中でもとりわけアンモラルなものと言えた。
「クレムも無事保存できて何よりだ」
「使い捨てにするのではなかったのですか?」
「まあ、確かに型落ちで、実質きみの装備にするつもりだが……これでもぼくは自分の作品には愛着がある方なんだよ」
守矢の言葉は100%の信用は置けない、と私は認識している。というより、その守矢自身がそう判断するように、とわざわざ私のプログラムコードに打ち込んでいたのだ。それも彼のシニカルなところの表れ。
さて、私がCSA防衛領域ブロック423で戦っていた時、守矢――いや、〈スピアー〉はなにをしていたのか。彼は「これもきみの学習の為だよ」と言って、事細かに話し始めた。
CSAの対犯罪者エージェントの個人情報奪取。一般の企業人は個人情報を公開しているが、かれらはその仕事の特性ゆえ、例外である。匿名の殺し屋。それはつまり私たちの直接的な敵だということ。
守矢は速度がすべてだと思っていた。ハッキングは多かれ少なかれそういった傾向を持つ「仕事」だが、今回は特にそうだった。いかに強力な安全保障企業の本体といえども、その防壁は完璧ではない。セキュリティ・ホールというものはどれだけ慎重にプログラムを組んでも残るものだし、ハッカーも技術を高めてより狭い穴を突こうとする。
実際、今回の裏口は目を凝らさないと容易には見つけられないものだった、と守矢は語る。
「だがぼくはラルフの情報を信じていたんだよ」
ここで私は守矢に上機嫌な脳波を感知した。なぜか。それはすぐに語られた。アスムッセン氏は守矢の技術を高く買って、あえてこの危険な情報を売り渡したのである。彼は守矢なみの一流ハッカーでないと不可能な仕事と判断していたのだ。つまり守矢は信頼されたのが嬉しかったのだ。技術を褒められるのは、職人気質な彼にとっては喜ばしいものである。守矢にも単純なところはある。
もちろん、対AI戦闘と同じように、標的のプログラムに「仕掛ける」時はこちらも暗号化を解除し、丸裸にならなければならない。しかしその点、熟練の守矢は躊躇がなかった。それでも簡単ではないのは私にも認識できることだ。
速度が重要というのはそういう意味。時間を掛ければかけるほど、敵の防衛システムが作動する危険性に直面することになる。私が時間稼ぎしていてもだ。
「そういう時ほど、焦りは禁物なのさ」
彼は技術だけでなく、精神面でも一流だった。むしろ技術よりもそちらのほうが重要だった。守矢の精神統一は一朝一夕で得られたものではなく、長い修行の果てに習得したという。
「ここはきみにも覚えて――ああ、いや。そもそもAIのきみには焦りとかは無縁だったな」
「もちろんです、〈スピアー〉」
演算能力と事務的能力は人間よりもAIのほうが――人間が作成したものなのにも拘わらず――はるかに優れている。人間がこういった技術面でAIより優越しているのは思考の融通性であろう。
それゆえ、対AI戦闘は私に任せ、複雑で不確定要素の大きい本丸へのハッキングは彼自身が行った。その手管は――彼は防御プログラムコード解除の過程をログに残し、私に見せた。私にはまだ理解できないような「あやとり」だった。魔術的だったと言ってもいい。
コード解除に掛かった時間は1326.433秒。それは私はガードAIの遭遇から〈レギオン〉消去までの時間とほぼ一致する。
「すこしぎりぎりだったな。ぼくもまだまだ精進が必要だ」
「しかしCSA本体の、一部とはいえその防壁を破るのは――」
「まだ足りない。そしてそれはきみに期待している所でもある。奴等と戦う為に」
彼が企業人時代どのような経験をし――そして企業に失望したのかは慎重に秘匿され、私のデータベースには存在しない。私には必要のない情報でもある。
そして守矢は怪盗のごとくデータバンクからエージェント4名の個人情報(本名、年齢、住処など)を奪い取った。逃げ足も速かった。
そしてこれが一番重要なことだが――こちらの個人情報に紐付けされるようなログは完全に消去していた。残るのは〈スピアー〉の名前のみ。しかし〈スピアー〉が守矢晋作であることは彼自身が許した相手にしか知られておらず、アドレスも不詳。しかも彼はちょくちょく引っ越しする。引っ越しと言ってもネットワーク上のものであり、物理的な住所は変わっていない。
「さて、こんなところだ。なにか得るものはあったかい、ベル」
「私にとっては情報すべてが学習材料です」
とはいっても、簡単に守矢の技術を――それが巧みであるがゆえ――盗むすることは困難である。不可能ではないにしてもだ。つまり私はもっともっと成長していかねばならない。守矢が本当に必要とする完全自律思考型AIとして。




