02
一旦守矢と連結を切る。少々心配ではあった――私ではなく、彼が――しかしそんな反応をする私も少々おかしかった。システムの不安定が出ているのではないか、と一旦疑って自身を検査したが、異常は見当たらなかった。
しかし、私は「感じて」いる。自分に純粋論理だけでないものが存在するのを。
私は指示命令なしで行動できるAI。守矢はそれを単純に「仕事をより楽にしたいからさ」と言ったが、それにしては私をサブに回して自身がメインを張るこの仕事は少々矛盾しているように認識する。しかし、それは今のところ私が考えることではない。
「状況を開始します」
標的のプログラムに攻撃を仕掛けるには、こちらも一旦防御を解除する必要がある。暗号化で守られているだけでは打刻できない。とはいってもそれですぐ丸裸という訳でもない。捉えられるまでには時間がある。
私が攻撃を開始すれば、CSAのガードAIはすぐに起動するだろう。それも大量に。私は何度も演算を行い、あらゆる事態を想定した。それに対する準備も。
私が消去されても誰も困らないが、それを簡単に承認する訳には行かない。私にも自己保存機能は搭載されている。なにもそれは私独自のものではなく、第6世代以降のAIには標準搭載されているものである。人間としても、バックアップはあると言っても貴重な情報を収集し、学習しているAIを簡単には失いたくない。
それを解除できるのもまた、管理者だが。
私に与えられたのは第7世代のAI。最新の現行AIが第9世代だから(では私は第10世代ということになるのだろうか――私と同等のAIが量産されたとして)、若干の型落ちにはなる。しかしここでは最新型のAIをむざむざ消費することはない。それが守矢の判断。そしてそのAI、〈クレム〉と名付けられているが、彼女には私を管理者登録されている。
「マスター、ベル。指示をどうぞ」
私はこの時、歴史的な状況になっていることに最初気付かなかった。AIがAIを使うという型は別に目新しいものではない、と先に述べた。だがこれは根本的に違う。クレムは――私を人間のマスターのように認識している。
無論それは、守矢があらかじめ仕込んだものである。そうすることによって私がAIをより使役しやすいようにした配慮に過ぎない――しかし――これは――
どうにも情報にノイズが多くなる。私はその度その情報をバグとして排泄する。能力はつねに最善の状態にしておかねばならない。そうしなければAIは情報に潰されてしまう。
「クレム、あなたは賢い子ね」
「はい、私はマスターの為に知能を全力で発揮します」
彼女の本当のマスターは守矢なのだが……と思考する必要もないのだろう。そして今、彼女の自己保存プログラムは外されている。簡単に、あるいは情念的に言えば、彼女はここで迷わず死ぬことができる。私が命令すれば。だが私とて簡単に失いたくはない。そう判断している。でもなぜ?
「――マスターの思考に10.6824576%の論理欠如が見当たります。任務遂行には問題のない範囲ですが、万全を期すためには5分ほどの休息を推奨します」
論理欠如とは。それが自律思考型の欠陥とも言えるのかもしれない。
そして私はクレムに奇妙な懐かしさを覚えている。彼女は――かつての私だからだ。つまり、守矢の最新作である私の前に、彼女やほかのAIが作成されてきた。
私は守矢の夢の結実だった。
「私は大丈夫よ。気を遣う必要はないわ」
「はい、マスター」
とりわけクレムは従順なAIとして設計されている。そして滅多にエラーも吐かない。守矢が設計した時点では、かなり高性能なものだった。しかしそんな彼女も、今は旧世代のAIとして、同じAIの私に使い捨てられようとしている。
「始めましょう。クレム。チャフを撒きなさい」
「命令了解。行動を開始します」
クレムは自己増殖し始める。自身のコピーを無数に作り始めるのだ。それはニューラル・ネットワーク上では無限大のようにも思えるが、実際にはシリコンと電気を喰う行為でもある。守矢などは、それを「栄養補給」などと表現する。私も異論はない。
ブロック423に警戒アラートが響き始める。かれらは用心深い。そして賢明である。直接攻撃が行われなくとも、異物を感知しただけでそう反応する。だがそれが私の狙いでもあった。
攻撃を仕掛けるには防御を解かねばならない――ある種古来からの兵法の基本でもあるが、それは相手にも当て嵌まる。
私はクレムを使って陽動するつもりだった。しかし私の攻撃ですら情報攪乱に過ぎない。その裏でひっそりと、守矢は機会を窺っているに違いない――
「警告! 警告! コチラハCSAセキュリティー・センターの接触領域デアル! 10秒以内ノ退去を命令スル! 命令ニ従ワナイ場合ハ、直チニ攻撃――繰リ返ス――」
「随分と敏感なのね、あなたは」
守矢は私に諧謔を理解しないと言ったが、しかし、やはり彼の性格は開発時に受け継がれているようで、こうやって私はシニカルな出力をしてしまう。
まあいいだろう。




