07
守矢――いや、ここは素直に〈スピアー〉と呼ぶべきか、彼がどこから仕事を仕入れているのか。彼は独自の情報網を構築してはいるが、完全ではない。ひとりで出来る仕事の量は限られている。これは私の見解ではなく彼自身の見解である。
「帰投しました、〈スピアー〉」
「よく戻った、ベル。得るものはあったかい?」
「それはもう、たくさん。しかしそれでも私には足りません」
「うんうん。それでいいんだ。きみはまだ子供だからね。よく遊び、よく眠れ」
「失礼ながら、私は眠ることはありません」
言ってみただけだよ、と守矢はにやっとした顔を見せた。私のことは私自身以上に把握している筈の彼である。その言葉にしてはやや軽い。
「それで、次の仕事というのは?」
私は自身の機能に基づいて質問した。守矢は私を仕事に使うからこそここに戻したはずだ。しかし彼は「そう急くな」と――程なくして私はその言葉を守矢の口癖として登録した――言った。
「〈ミスト〉からメールがあった。もちろん暗号化された極秘ルートだ。かれらはそれを察知していないだろう。CSAと言えども、個人通信を完全に把握している訳ではないからね」
「それはいいのですが……ラルフ・アスムッセン氏からの手紙?」
ラルフ・アスムッセン。この界隈では名の知れた――いや、この表現はよろしくない。彼の本名はほとんど知られていない――守矢と同じく――情報屋。〈ミスト〉というのはそのハンドル・ネーム。
守矢の口調はすこし窘めるようなものになった。
「『本名』を迂闊に喋るものじゃない。オフラインの会話であってもね」
「申し訳ございません」
それは、いいだろう。こうして私は人間との交信の手管を学習していく。それだけではなく、守矢との会話はすべて私の学習対象。それでいい。
守矢の、視覚化された仕事部屋はことさら雑多な印象を与える。所詮は擬似視覚情報なのだから、もっとスマートで流麗な部屋に着飾ってもいいはずなのだが、彼はコンピュータ機器類や書類の束、書籍が散らばった部屋を私に見せている。アスムッセン氏に対しても見せているのだろう。
「企業時代は面識はなかったが、同じCSAの『抜け忍』だからね」
その、「抜け忍」という言葉は私のデータベースには存在しなかったが、検索及び推論によってその意味を把握した。そして登録。使う機会は今後はないだろうが。
「それで、〈ミスト〉からの連絡というものは」
「CSAのエージェント登録データベースに脆弱性を発見したということだ」
「それは」
私はこの時、守矢を牽制するかどうか、ふたつの判断を持った。危険すぎる、と判断されたのだ。
CSAのエージェント、というのはサイバー犯罪者の排除を目的とした職種のことである。つまり人間。そして私たちの明白な敵。金のあるところに裏から盗む、という仕事とは明らかに一線を画している。
「かれらを殺すのですか? それが〈スピアー〉と〈ミスト〉の望みで?」
「そうは言っていない。だがこちらとしても相手には存在を知らしめないといけない」
守矢がハッカーをしているのはマネーの為のみならず。元CSAという経歴から幾つかは類推されるが、彼はその経歴に関してはそれ以上のものを私に登録しておらず、推論は結局のところ結論には達しない。そして私には必要のない情報でもある。
「準備は周到にしていこう。……おっと」
ピコピコと、守矢の使うデバイス、その上にあるランプが緑に灯った。それは何者かの「訪問」を示すものである。しかし危険性はない。敵の接近は赤いランプが灯される。黄色は情報不足による判別不能接触――緑は安全が保障された存在に灯されるものである。
「本人が直接来るとはね」
話をしている先から――接触を求めたのはその本人、〈ミスト〉、ラルフ・アスムッセンその人だった。北欧系の名前に似合い、長身で金髪碧眼の容姿をしている。若干理想化されているのだろうが(アバターに理想を乗せない人間がいるだろうか?)、そこまで本体と乖離はしていないだろう。
「やあ、〈スピアー〉。メールは見てくれたか?」
「恐るべき犯罪教唆だ」
「常習者に売り場の情報を与えるのは善い行い――ではないか。しかし〈スピアー〉、お前は足を洗いたいと思っているのか?」
そんな訳はないだろう、という含みを持たせて〈ミスト〉は言った。守矢は苦笑した。
「まさか。だがこれはどうも、あんたに使われている感があるな」
「それが気に食わないのか?」
「そこまでじゃない。所詮はあんたもぼくも同じ穴の狢だからね。けれど――できれば自分の行く道は自分でコントロールしておきたい」
「乗る乗らないのはお前の判断次第だ。俺はただの情報屋だからな」
アスムッセン氏はにやりとし、守矢もにやりとした。そこから推論するに、ふたりには確たる信頼関係が構築されていると判断する。
「CSAの内情に精通した情報屋、か」
「まあそれはいいじゃないか。で、これが返信に書いていたお前の新作か?」
「そう。彼女はベル。最新の技術をつぎ込んだ……まあ、超高性能AIだよ」
守矢は私が自律思考型AIであることをなおも隠している。しかしアスムッセン氏はどこか悟ったようなムードを醸し出している。
「超高性能AI、ねぇ……まあ、お前がそういうんなら、そうなんだろう。しかしそんな犯罪の片棒をつがせるAIに、こんな容姿を設定するのは、なんとも倒錯的というか、変態だ」
「ひとの趣味には口を出さないで欲しいな」
「俺のデータベースには、お前がロリコンだっていうものはないけどな」
「性欲の問題じゃない……なんというか、美学さ」
人間は無駄話を好む。情報にならない言葉を編むことにどのような意味があるのか――そこはまだ、私が人間をまだ完全には把握していない証拠である。
「これからよろしくお願いします、〈ミスト〉」
「うんうん。賢い子だね、きみは」
で、お前はこの話に乗るのか? と彼は守矢に訊いた。守矢の反応は、
「もちろん乗るよ。ぼくは奴らとの戦いを諦めない」
と言った。
「若い革命家、気取り――か。それが命取りにならなければいいと願っているよ」
「ぼくが革命家なら、あんたは煽動家だろう」
ともあれ、流れはその方向に行っていた。




