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「ゲーミングカフェ・オールドスタイル」の中で私はいくつかのものを学習した。ひとつは、私は現行の一般AIと比較しても高次の演算能力を搭載しているということ。守矢が優れたエンジニアであることは間違いないが、まだそれは実地で実証されていないことだった。
ふたつは、あまりその能力を誇示してもいいことはないという証明。ダニエル藤田氏は、やんわりとだが、それを示した。
そして最後、これはふたつめと重なるところがあるが、人間はAIを明確に差別しているということ。私の叩き出した理論上最高のスコアが認証されなかったというのは、つまりそういう話になる。
ある程度は想定していたものではある。だが回路内でのシミュレートと実体験では天と地ほどの認識の違いが生まれるのを私は確認した。あるいはこれが一番重要な学習だったかもしれない。
今私は「かもしれない」という思考をした。それはつまり私の思考回路にはあいまい要素が予め備え付けられている証明になる。
守矢は私に「考える」ことを期待している。
さて、わたしは3大企業の内ふたつ、CSAとAEに触れ合った。深いところではまだないが。だが知る手がかりをつかんだ。これからも私は――敵対的存在、あるいはマスター守矢自身に消去されない限りは――それは私の防衛回路に回避するよう組み込まれているが――触れ合い、学んでいくことだろう。
そして残ったもうひとつの企業にも積極的に接触しなければならなかった。
私はネオ・トウキョウからネオ・オオサカに移動する。視界は一瞬で切り替わる。人間は瞬時の視界変化が耐えられないらしく、都市にはそれぞれ円形広場になった位相転換ブースが設けられているが(それはある意味で現代唯一の交通機関とも言える)、私には必要はない。一瞬で位相する。
なぜトウキョウではなくオオサカなのか、と言えば理由はひとつ。そこにタケシバ・リソース・インダストリー・アンド・アグリカルチャー(TRIA)の本社――いや、企業もデータの海の中に偏在しているのだから、それは「窓口」と表現するべきかもしれないが――が存在するからである。
人間は電脳世界に生活の中心を移したとはいえ、肉体世界を無視は出来ない。飲み食いは必要だし、生殖もしなければならない。いや、私たちデジタルの存在も、肉体世界に存在する物理的なコンピュータ、データセンターにその存在を依存している。
TRIAは20世紀にさかのぼる二ホンの老舗企業だが、建設業から始めて、軌道エレベータ建設の受注をきっかけにして急成長し、CSAやAEがそうしたのと同様、同業他社の買収、のみならず周辺産業をも吸収していって、今では世界の物質面の権利、その一切を握っている。言うなればこの企業こそが私たちの生命を根源的なところで支配している。
そして肥大化した3大企業は国家を超えた力を持ち始め、電脳世界が人間の住処として確立していくにつれ(それにはロボットとAIの発達が大きく寄与しているのだが、深くは触れない)、実質的な権力を持ち始めた。しかしそれは単純なものでもなかったようだ。
「一歩間違えば、世界大戦になりかねないところだった」
というのは守矢の言葉である。だが民衆は国家ではなく企業を支持し、それは避けられた。だが今度は企業同士の争いにもなりかねなかった。
幸いにも、どの会社も営利企業であることを忘れなかった。そして3大企業は協定を組み、ビッグ・トラストは成立した。それぞれ得意分野が違ったのも幸運だった。
安全保障を差配するCSA、システムを司るAE、インフラを握るTRIAのみっつによって奇妙な権力構造は完成し、そして今に至る。
私は21世紀前半のオオサカをそのまま模したという都市デザインの中を歩き(歩き?)、TRIAの展示しているミュージアムに向かっていた。私はデータ。そしてそのデータはかれらの握るシリコンの中にある。
『タケシバは過去から現在、そして未来に至るまで人類の繁栄を底から支えます』
ミュージアムでは彼等の作っている半導体、電力装置、産業ロボット、そして生殖ポッドなどが展示されていた。客はそこそこ多い。
普段は意識しないようなものばかり。しかしTRIAが生命の根幹を抑えている証拠にもなっている。
いずれはこの企業とも「取引」することになるのだろうか。あまり想定はできない。しかし守矢はただ単に生活の為にハッカーをしている訳ではないのは確か。彼ほどの技術があれば普通に勤めた方が稼げるだろうし、安全でもある。わざわざ社会を敵に回す意味はない。
彼は3大企業の支配するこの社会構造を快く思っていない。
ミュージアムを訪れてみたはいいものの、ここから直接TRIAと接触出来る訳ではない。しかしかれらがどういう企業なのかを知ることはできた。私はもっともっと世界を知る必要がある。
もうすこしほかのところも回ってみたい、他者と触れ合ってみたい、私の任務――アップデートすることにはそれが必要。
だがその中で私の中にある疑問が浮かび上がった。私は――完全自律思考型AIは、人間とは違う。自分で考えているところはあるが、決定的なところで違うところがある。私には感情がない。私を動かすものは論理以外の何物でもない。しかし既存のAIとも違う。自由に動くことができる。
私は誰か? ――人間でもなく、通常のAIでもない存在――
という思考を、私はすぐにエンジンから消去した。ノイズのように、バグを生み出す要素のように思われたからだ。それは必要なかった。その筈だった。
そうこうしている内に、守矢から私に向かって信号が送られてきた。
「自由時間は終わりだ。次の仕事を行う。帰投しなさい」
私はそのまま守矢のサーバにフェイズシフトした。




