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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.17 喪失――起爆

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01





〈アルカディア〉がグランドオープンして一ヶ月が経とうとしていた。ホー氏の目論見通り、訪れた者が口コミで話題を広げ、さらに客がやって来るという好循環が起こっていた。彼は「ここまで上手く行くと逆に怖いな」などと言っていたが、表情は満足そうであった。


 私自身はどうかというと、割と充実していた。これまでいかがわしい仕事しかしてこなかったから、こういったAIらしい、真っ当な仕事を与えられたことをことのほか喜んでいるようだった。


 自由時間はあるようなないような感じ。マリエッタとふたりで過ごす時間は取れるが、そういう時も私はつねに管制室に連結(リンク)している。つまり私は24時間365日、ここを管理しているとなる。休みはないということだが、そもそもAIに休みは必要ないのでまったく不満はない。


「ベルはいつでも忙しそうだね」

「そんなことないわ」


 そんな私を、マリエッタは常に気遣ってくれる。心優しい少女がいればこそ、私は充実しているのだった。ここで働くのは、確かに自分の為でもあるのだが、一番の理由はやはり彼女なのだった。


 ある程度余裕が出て来たので、私は彼女を遊ばせようと思って、リゾートプールにやって来た。ネットワーク世界でプールというのも変な話なのだが、意外にもそれを好むひとは多い。夏を感じたいのかもしれない、と私は推論していた。


 そのプールは大きな円環(オーバル)が外縁にあり、そのなかにいくつものプールが建設されていて、中には幼児用のものもある。家族連れも多い。「家族」という概念が希少、あるいは富裕層の特権になっている現状のNNS世界、ここにいることが即ちステータスシンボルと言えそうだった。


 その中央には、まるで謎の深海生物の触手のように数十条に伸びて、色もカラフルなウォータースライダーが鎮座している。それが一番特徴的だった。


〈アルカディア・アクアアドベンチャー〉。


 日曜日というのもあり、その日はたいへん賑わっていた。入場料は格安に設定されているから――ここを餌にして、ほかのもので稼ぐのだ――そこまで富裕層でない者も訪れている。物珍しいものを見たい、という人間は相当多いらしい。人間の好奇心というのは、私には理解できないもののひとつである。「心」を欲するのであれば、それも理解しなければならないのだろうか――いや、必ずしも私は「心」を求めている訳ではないが――


「広いしひともいっぱいだから、迷子になっちゃダメよ」

「だいじょぶだよ。あたし、ベルからは離れない」


 その言葉通り、マリエッタはずっとぴったりと私にくっついていた。


 しかしもうすこしほかに心配事もあった―ーマリエッタはかわいいからだ。アバターだけではなく、内面から滲み出る純真さ、可愛らしさが――ほかの者、特に男性を惑わさないか危惧していたのである。


 そんな心配もよそに、私に付いて行っていれば間違いないという風に、彼女は穏やかなかおをしている。もちろん外面もかわいく、すらりとした身体に、赤地に白玉模様のビキニを着ていた。とても子供らしい。とは言うが、設定したのは他ならぬ私である。


 私は泳ぐ気はなかった――AIには意味がない――が、いつものワンピースではここだと浮いてしまうので、青い水着の格好に変更した。「ベル」の姿で〈アルカディア〉内に現れるのは少々危険ではあるのだが、マリエッタがそう望むので仕方がない。


「あたしなんかがこんなところで遊んでいいのかなぁ」

「いいのよ、私が許してあげる」

「やったぁ」


 マリエッタの、ともすれば卑屈とも言えた姿勢はすこしずつ改善している。自由に生きていいのだ、という単純明快な真理を、徐々に学んでいる最中と言える。


 私には肉体的感覚が存在しないので、水に入ったところでなにも感じない。しかしマリエッタはどうなのだろう? 最初は小さなプールでぷかぷかと浮かんでいるだけだった。ぼーっとしたような彼女の顔が見える――気持ちいいのだろうか? それは決して私には理解できない。だが彼女が満足そうな顔をしているだけで、報われる自分がいる。


 私たちふたりは浮いてしまわないだろうか、という懸念は杞憂のものだった。ここに来る者はめいめいの楽しみ、幸せを求めていて、他人などは特に意識していなかったのだった。


 マリエッタは徐々に大胆になっていった。


「あたし、あの滑り台に行きたい」


 となると当然私も付いて行く。そうしてウォータースライダーの頂上まで行って、そこから8の字になったようなふたり用の浮き輪をもらい、重なって滑り落ちた。中々の迫力だった。視覚情報なら私も楽しめるのである。来てよかったと思った。


「うひゃっ」


 スライダーの出口に着くと、そのまま大きな水しぶきをあげ、波に乗るようにしてぐらんぐらんと浮き輪が揺れた。


「ああ、楽しかった~」


 マリエッタはたいへん満足気だった。彼女の満面の笑みを見たのはこれが初めてだった。あらゆるしがらみ、縛り、それから一時的にせよ解放され、私たちはただ遊んでいた。


「でもこういう時でもベルは仕事しているんだよね」

「仕事って言うのかな。リンクしているだけだけど」


 無論、なにか異常事態が発生すればすぐさま私は管制室に戻らなければならない。しかしそうでなければ、仕事をしているという感覚ではなかった。マリエッタといると忘れられるだけかもしれないが。


「ベルが一生懸命仕事してくれるから、私ものんきにしてられるんだよね」

「まあ、それは、そうかもね……」


〈アルカディア〉にいる限り、この安全と幸福は保障されるのだろうか? そして私はいつまでもマリエッタの傍にいられるのだろうか?


 特に根拠はなかったのだが――私は常に不安に囚われていた。

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