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私にはいつ帰投するべきか判断するプログラムは存在しない。仕事以外では。今はただ情報を収集し、自身を更新する時間。守矢はそれを望んでいる。私は帰ってもいいし、帰らなくてもいい。自由。しかし自由というのは――
私は自分が想定した以上に、常に自律思考を行っていることを自覚していた。私にはニューロンは存在しないが、思考回路のようなものは存在している。それは別に特別なものではない。AIにも思考回路は標準で存在している(というよりそれが単純なソフトウェアとAIを分けるものである)。私の特別なところはその回路がユーザーから独立していることだ。
自由に考えられる――
それはあるいは危険なものではないかと判断する。私が更新し、更新し、更新し、成長すれば、もしかしたら守矢個人には制御できないものに変貌する恐れがある――と、私自身が予測している――
それも含めて彼の実験なのだと言えば、確かにそうなのだろうが。
なんにしても、私はひたすら情報を求めている。人間が生きる為に食物や飲料を摂するように、AIの私にとっての栄養は情報。つねに新鮮でないといけない。
なによりも、私はこの世界がどういうものなのかを、事前知識だけではなく肌で知らなければならない。それが守矢の求めているものでもある。
ネオ・トウキョウでの時間はなおも続いている。どうやら私は儚げな少女のような容姿を設定されているようだが、さして目立っている訳でもない。逆説的ではあるが、誰もが容姿を購入、あるいは作成できるようになったことで、ルッキズムは衰退化した。かといって内面が大事になった訳でもないが――
――ともかく、私はそういった姿だからといって珍しがられることはない。少女の姿をしたアバターが、じつは中年男性だということも普通にあり得る世界。だがいっぽうで肉体世界が軽視された世界では、こちらで設定した容姿、性別こそが真実と見る風潮もある。
しかし、それはあくまで人間の話であり、今のところAIである私には関係のない話。
そういう訳で、あのミロスラフ氏以降、私に声を掛けてくる人間はいなかった。私は群衆の渦に―ーそこにはAIももちろん含まれる――誰かに使役されているだけにせよ――埋没していく。情報収集には好都合と判断する。
サイバー都市は呆れる程に綺麗であり、澱んだところは不自然な程にない。それは3大企業が民衆に提供した生活空間。視覚化された都市像、人間、モノ――犬などのペットを連れている者もいるが、それはあくまでデータ――猥雑なものは排除されている。しかしそれはあくまで表向きのもの。裏の世界は確かに存在していて、私はいずれその情報も収集しなければならない。
私はまだ表層をなぞっているだけである。
どこから踏み込んでいこうか、と色々考えた。論理式が出した結論は、ごく簡単な所から触れていこうというものだった。簡単に言えば遊ぼうということだった。
遊戯はふんだんに用意されている。単純なビデオゲームもあれば、ギャンブルなども存在する。ギャンブルはCSAでも完全には取り締まれない。3大企業のひとつ、アーカム・エンターテインメント(AE)の管轄下にあるからだ。
AEはゲームや映画などの娯楽産業を基点とした企業だが、ネットワークが拡大するにつれその経営利益を莫大にし、そのマネーで娯楽産業のみならず、ソフトウェア企業を根こそぎ買収し、いまでは基幹システム、OSなども一括で開発している企業だ。このサイバー都市もかれらが作っている。
しかし総合ソフトウェア企業に膨れ上がったあともその根っこが娯楽であるのを忘れず、「エンターテインメント」と名乗っている。
私はAEの運営するゲームセンターに向かった。向かったと言っても一瞬だが。
「ウェルカム・ガール!」
整然とした都市とは違って、その内部は騒がしい。一般市民が使うアバターとは違った、のっぺりとした姿の映像がふんだんに使われている。「ニジゲン」というものだ。話によれば、こういう「絵」に恋愛する男女もいるらしい。
この遊泳に当たって守矢は私にもクレジット――盗掘品のひとつ――を設定したが、それは情報収集用のささやかなものであり、ギャンブルに投じるほどのものはない。そもそも私もマネーを増やす必要性を認識しない。
単純なゲームをやろうと思った。
ここには若い人間が多いように判断される。個人のルートは突き止められないが、クラウドに存在する情報に接続するとそれが分かる。大人はもっと大人の遊戯をしているのだろう。
その遊技場は「ゲーミングカフェ・オールドスタイル」と名乗っていた。そこそこの規模で、それなりに賑わっている。人間は基本的に暇なのだ。
その名の通り、そこには古典的なビデオゲームが集められていた。こういうところに通うのは、ある程度の趣味人といっていいだろう。
さて、なぜゲームなのか――
私は、自分に搭載された演算システムが、果たして人間を凌駕するのか、実地で試す必要があると判断したからだった。




