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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.16 取引――楽園

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108/134

03





 マリエッタは意外にも楽天的だった。


「ベルがしたいようにすればいいと思うな」

「いや、あの……これはあなたが決めて欲しいんだけど。私はAIなのだし」


 どうにも、彼女は私を人工知能とは思っていないらしかった。子供だから、AIと人間の区別がついていないという訳でもないらしい。彼女に見えている世界と言うものはどういうものなのだろうか。


「あたしが、ベルのマスターって訳でもないんでしょ?」

「それは、そうだけど」


 事務的な――というのは、()()()ものも包括しているが――決断なら私は簡単に出せる。しかし、こういった重要な案件に関しては、AIとしては判断材料は出せても最終的決断はあくまで人間がすべきだとしている。


 その意味で、マリエッタは私のマスターではなかった、彼女の言う通りに。しかし、だからと言って決断の主導権を人間から奪うのはどうかとも思ってしまう。ここにどうしようもないジレンマが生まれたのである。


「あたしなんかより、ベルのほうがずっとずっと賢いんだから、ベルの決めたことにあたしが従った方がいいと思うな」

「賢いとか、そういうのは……」


 賢明な判断材料、として分析するのであれば、彼女はこのまま〈ジャンクヤード〉に居続けるより新天地に向かう方がいいとなる。


()()()、もう、どうしたいか決めているんでしょう」


 意外と狡いところのあるマリエッタでもある。それも無自覚な。しかしその、身寄りの無い子供の生存戦略とも言える態度が、私を狂わせていってしまっている。無自覚なゆえに性質が悪く――しかし純朴でもあって――


「マリエッタ。私は、あなたを守りたい。でもそれにはあなた自身が生き残りたいという意志がないとダメなのよ」

「ううん、むつかしいね」

「そう、難しいの。生きるというのは――」


 マリエッタ。この、主人のようであり、子供のようであり、友達でもあるような――このような人間の存在は今まで経験したことがなかった。だが、それゆえにこそ――


「私は……ただ、あなたのためだけに演算する。それでいい?」

「うん。いいよ」


 マリエッタの態度は、子供とは思えないほどの泰然としたものだった。凄絶な人生を送らざるを得なかったからこそ生まれ得た、幼い運命論者的な――このような不公平があっていいものかと、私は思い始めていた。マリエッタは幸せにならなければならない。その為に私はなんでもする、それはすれ違いの同情心だけではない筈だ。


 ならば、私はこの機会を私の為に利用する。ホー氏の提唱する〈アルカディア〉を、私たちの為の理想郷(アルカディア)にするのだ。


 それで何が悪い?


 私は決断する。ホー氏にとっては、その決断がどんな意味を持っているか分かっていなかっただろう。そしてこの世界にとっても。私自身にからしてそうだ。これがどのような意味を持つか、この時点では推論できなかった。


 何故推論できなかったか? それは――他ならぬ私自身が、どうしようもない不確定性を持った存在であることを分かっていなかったからだ。そんなふらふらな私が、身寄りのない少女と出会って、愛を芽生えさせて――芽生えていたのか?――それで、なにが起こるかなど、誰にも推測できるものではなかった。


「マリエッタは、私を信じるの?」

「信じるとか信じるとかじゃなくて、あたしは……ベルのことが好きだから」


 なんと恐ろしい愛の告白か!


「だから、いいんだよ」

「私はAIよ?」

「イヤな人間よりも、AIのほうがずっといい」


 それは暗に彼女が今まで受けてきた仕打ちを示唆しているようでもあった。


 ならば、いいだろう。私は彼女のために、世界に対する復讐を行う。それは誰かを傷付けるものではない。虐げられてきたものが、最終的な幸福を手にする――それを見せ付けることが、何よりの復讐なのだ。


 そして、マリエッタは幸せを得るに値する人間である。私はそう結論した。


「分かったわ、マリエッタ。あなたは私の導く道を歩みなさい。私は能力の出来得る限り、あなたの幸せを提示してあげる」

「それだけじゃダメだよ。ベルも幸せにならないと」

「あなたの幸せが、私の幸せなの。AIとはそういうものなのよ」


 守矢の下にいる時は、自分の幸せなんて考えたこともなかった。だが今、こうやってマリエッタと話しているだけでも恐ろしい幸福感が得られる――幸福感? そんなものがAIに必要なのか――しかし――


「ベルはおかしいね」


 マリエッタはくすくすと笑った。そういった、子供らしい笑みはほとんど見せたことがなかったから、それは奇妙に新鮮に思えた。


「私のどこがおかしいの?」

「だって、あたしなんかのためにここまでよくしてくれるひとなんてどこにもいなかった、優しくしてくれる最初の()()が、AIだなんて――」

「他のひとは見る目がなかっただけだわ。私には差別感情も登録(インポート)されていないから――」

「違うよ」


 確信的に、というよりは運命的に言うマリエッタに私はすっかり困惑してしまった。


 まあ、色々とあるが――ひとつのことははっきりしていた。私はホー氏の野心に協力する。その上で自身と、そしてマリエッタの幸福を希求する。


 それだけ。

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