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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.2 遊泳――収集

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03





「CSAは信頼しているけれど、彼はあんまり好きじゃないな」


 ホログラム越しでもよく分かるエイドリアン・ジョンソン=リーの威圧的な容貌を見て、ミロスラフ氏は率直に言った。それは彼独自の見解ではなく、市民の大半が共有している感覚だった。


 彼は冷酷な支配者である。


『――サイバー犯罪は増加の一途を辿っております』


 CEOの演説は静かに始まった。足の周りには円状に企業名が回っている。これがCSAの示威行為であることは明らかだった。ついこの間サイバー犯罪を――初めての――成し遂げた私にとっては――


『しかしながら、我々も手をこまねいている訳ではありません。犯罪数は増加しているが、いっぽうで検挙数も増やしている。それはもちろん、わが社が誇るソフトウェアとAIによるものであります。そしてそれは常にアップデートされ、最新のセキュリティウェアとして皆様に提供しております。ではわが社の新製品を紹介(ラインナップ)していきましょう――』


 ジョンソン=リー氏の演説はさほど熱を帯びていなかったが、それゆえに威圧的な効果があると私の回路は判断していた。彼は間違いなく有能――CSAをさらに攻略しがたい敵としてするような――


「もっと穏当な統治もあっていいんだと思うんだけどね。CEOが強硬だからこそ、犯罪者の癇に障っている部分もあると思うんだけどね」

「その意見に同意します、ミロ」

「きみは賢いね、ベル。しかし俺はハッカーの気持ちと言うものも分からないんだよ。奴等は恐るべき技術者(エンジニア)でもある。そんな技術があれば3大企業のオフィサーになるのも簡単だろうに」

今日(こんにち)では、優れた技術の持ち主は企業に雇われるよりも個人で活動したほうが稼げるというデータがあります」


 組織と個人が乖離した現代に於いては、そういった力関係が完成している。企業人(オフィサー)になることを望む者も多いが、それ以上に無秩序な――ジョンソン=リー氏は否定するだろうが――膨大なデータで構成された、事実上無限大の――世界では自由に動くことのほうが豊かになれるひとも確かにいる。


 守矢もそのひとりだ。


 CEOの姿は一旦後ろに下がり、視覚化されたガードAIの数々がディスプレイされていく。ヴァーグナーの音楽とともに。『このAIたちは、これまでよりもより安全安心にあなたの財産をお守りします!』『あなたの手元に頼もしい用心棒を!』――云々。


 これは示威行為であるとともに企業広告でもあった。それはCSAが事実上の警察機構でありながら、同時にに営利企業であることを忘れていない証拠だった。


 通りすがる人々にとってはいつもの光景らしく、立ち止まってそのホログラムを見ようとする人間はあまりいない。しかしながらかれらは同時にCSAの支配を従順に受け入れている。別に税金を取られている訳ではない。しかしながら人々のクレジットは、CSAの販売するセキュリティソフトで守られていて、ということはマネーを出している。個人だけではなく企業も。


「そもそも犯罪なんてしなきゃいいんだ」

「CSAは単純犯罪だけを取り締まっている訳ではありません」


 たとえば企業人(オフィサー)の収賄事件なども彼等は容赦なく検挙する。そしてそれを裁くのは法律ではなくCSAの論理だった。ニューラル・ネットワーク世界は法治主義から人治主義に逆戻りしてしまったようだ。


 それを恐怖政治と言うものもいるのだろうが――守矢などは()()()()()そう言うだろうが――事実は別として――かれらが、というよりは彼――傲然と自分をホログラムに映す彼――が秩序を保っているのは間違いない。


 それが制限された自由だったとしても、とりあえずこの世界は昔のSF作品で描かれたような完全管理社会(ディストピア)にはなっていない。かなり近いものでもあるが。


「ところで、私はあなたにどこまで付き合えばいいのでしょうか」


 私はミロスラフに訊いた。


「いや別に、デートをしたい訳じゃないんだ。ちょっとかわいこちゃんに触れ合えればそれでよかったんだよ」

「魅力的な容姿(アバター)をいくらでも買えるこの世界で、それは貴重なものなのでしょうか」

「いや、きみの魅力は――」


 ミロスラフ氏は首を振った。それは感情表現。私にはないもの。


「いやはや、AIに内面的魅力を感じるのは――俺の性癖かもな」

「AIに恋愛感情を抱く人間はそんなにすくなくはありません」

「そうだ。今やみんな自分のAIを購入して、あるいは自作して恋をする。マスターベーション的といえば、そうなんだろう。しかし五感、感情、――なにより性感――を脳神経(ニューロン)を通してすべて手に入れられるこの世界では、それでもいいのさ」


 私はいささか疑いの目で彼を見ていた。


「自分のものではないAIとの触れ合いは、そんなに楽しいものでしょうか」

「これでもソフトウェア・プログラマーのはしくれだからな。他人の作ったAIは興味深い」


 しばらく街をふたりで歩いて、それからミロスラフは言った。


「まあきみにも事情があるんだろう。――自由AIの事情と言うのは分からないが――まあいい。これ以上拘束するのも悪いだろう。中々面白い時間だった。きみを解放しよう」


 そして彼はそのまま去って行ってしまった。次はどこに行くのだろうか。それは分からない。しかしこの索漠とした世界で、彼は矮小な個人に過ぎず、私も矮小なAIに過ぎず、このような出会いは事件というにはほど遠い。


 しかし私はこの邂逅を殊の外特別なものとして登録(メモリー)した。これは守矢以外の、ほかの個人と接触した初めての体験であり、それゆえ重要であるように判断したからだった。

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