本の紹介①『ジュラシック・パーク』(上・下) マイクル・クライトン/著
バイオテクノロジーで現代に蘇った恐竜を巡るサスペンス
スティーブン・スピルバーグ監督の手によって映画にもなった作品です。というより、映画しか知らないという人がきっと多いでしょう。私も映画は小さい頃から何度も鑑賞していましたが、原作を読んだのはつい最近で、その内容に衝撃を受けました。
映画は恐竜たちが暴れ回るアクション・エンタテインメント作品となっていますが、原作は人間が蘇らせた恐竜たちが引き起こす騒動を通じて、科学技術と人間の関わり方を問うサイエンス・サスペンスといった方がしっくりくる内容となっています。
もちろん、原作においてもさまざまな恐竜たちが登場し、読者を楽しませてくれますが、メインは数学者のイアン・マルカム博士が展開するカオス理論を筆頭とした科学にまつわる話です。このパートが実に良かった。カオス理論は映画では軽く触れられる程度でしたが、結構なページを割いて度々引き合いに出されます。
アラン・グラント博士たちがパーク内で恐竜たちから逃げ惑うパートと、イアン・マルカム博士たちが研究所内でシステム復旧を進めるパートが同時並行で描写されるのですが、後者の方が自分の好みに合いました。マルカム博士がひたすら喋り続けるシーンが多いものの、専門的な内容も説明的になり過ぎず、門外漢の読者にも分かりやすく、かつ面白く展開されるので、作者の物語の構成力、文章力を感じることが出来ます。
数学などを専門的に取り組んでいる人は引いてしまうかもしれませんが、素人からすると大いに興味をそそられる内容になっており、私はまんまと乗せられて、カオス理論の入門書に手を出してしまいました。
突飛な設定を盛り込んで話を進めていく作品は、昔から今に至るまで数多く作られていますが、設定の描写が目的となってしまっては良い作品とは言えません。大切なのは、その設定を足掛かりとして何を語ろうとしているのかだと思います。
この作品は恐竜のフォルムや生態等についてかなり詳細に描写しながら、そのことを目的としているのではなく、恐竜という太古の生物を通じて、人間とはどういった生き物であるか、歴史を積み重ね、科学技術を駆使するようになった人間が本当に進歩したと言えるのかを問うているのだと感じました。人間が欲望のままに科学技術を利用し、自分たちを取り巻く環境を都合よく作り替えていくことの危うさ、そして、人間はこれからどんな未来に進んでいけるのかがテーマとなっているのです。主役は恐竜ではなく、あくまでも人間です。
キャラクター設定も原作と映画でかなり違いがあるのも面白いです。違いが顕著なのが、パークの創設者であるジョン・ハモンドですね。映画では恐竜への憧れからパークを作り、子供っぽい困ったところがありながらも愛嬌のあるおじいさんといった風情でしたが、原作では金儲けのために恐竜を蘇らせる悪辣な人物として描かれています。もちろん恐竜への愛着もありません。
あと、原作ではネドリーも深掘りされていて面白いです。パークの秘密を横流しする悪役であることは変わりないですが、小さな子供をちょっと気遣うシーンがあったり、ハモンドから仕事で散々な扱いを受けながら、ハモンドの事業の危うさを冷静に分析しているところがあったりと、映画よりも魅力的なキャラクターになっています。
そのほかのキャラクターたちも性格や物語で辿る結末に相違があるので、原作と映画を比べながら楽しむのも良いかと思います。
原作を読んだ後で改めて映画を観ると、分かりやすさを優先して、キャラクターやストーリーを簡略化しているなと感じます。もちろん原作をそのまま映像化するのがベストとは思いませんし、表現される媒体によって、描写に違いが出るのは当然と考えますが、その過程でこぼれ落ちてしまうものについても着目してもらいたいですね。
終わり