第四次スーパー婚約破棄地獄変
私が14歳の時に母が死んだ。
……まぁ、どうせ嫌いだったからそれは別に大した問題じゃないんだけど。
むしろ葬式の時に、周りの人間から「母親の死に涙一つ見せないとはなんと薄情な娘か」などとケチをつけられたのが鬱陶しかったとすら思っている。
問題はその後である。
僅か1年ほどで父が再婚した。
相手は平民の女で、しかも娘を連れていた。
当初、私は正気を疑った。王国の公爵ともあろう者が一体何を目的にコブ付きの平民なんぞ拾ってきたのかと。
理由は一応ちゃんと説明された。
娘の方が何やら、伝説に語られる「聖女」と同種の魔力を秘めていることが最近発覚したというので、その母親ごと我が家に迎え入れた、という具合らしい。
なんじゃそりゃ。聖女の再来? いや知らんがな。
具体的に何ができるのかと聞いてみれば、その少女が祈りを捧げると植物がアホみたいによく育つので、穀物や野菜が大変豊かに実って、食料生産が大幅に促進するだの何だの。
植物だけかよとツッコんだら、牧草が沢山育てば家畜の育ちも良くなって、肉や牛乳もより沢山採れるだろうとのことだった。食べ物の話ばっかりか。
というわけでいきなり新しい家族が増えた。
私の意思などお構いなしに。
「ハイデマリー、この子が今日からお前の妹となる」
義理の妹と言っても私と同い年らしいし、誕生日で見ても私の方が一か月ばかり早いという程度の差しかないらしいのだが。
「は……初めまして……アミー、です……」
私は突然我が家にズケズケと上がり込んできたその女に対して。
「はァ? 妹ォ? こんな小汚い格好のみすぼらしい雌のガキが、このハイデマリー・ハクサ・イタヴェール公爵令嬢の妹ォ? 冗談も程々にしてくださいよ父上」
とりあえず暴言を吐いた。
……次の瞬間、私の脳天に父の拳骨が振り下ろされた。
「すまないアミー、こいつには後で私からよく言い聞かせておく」
「…………は、はい…………」
大分本気でブン殴られた。
私は痛みが響く頭頂部を両手で押さえてうずくまりながら、いつか自分が家督を継いだら父をどんな目に遭わせて復讐してやろうかなどと思案していた。
……とまぁ、これが私と、伝説の聖女の再来とか何とか抜かす薄汚い平民女、アミー・オマンジュとの出会いだった。
尚、我が家の養女となったことで一応あいつの名前はアミー・アンガ・イタヴェールへと改められたのだが、私はその名前を使いたくなかった。
だってこんな奴を義理の妹だなんて認めたくなかったから。
* * * * * *
「おーほほほほっ! 今日も精が出ますわねお義姉様! やっぱりお義姉様にはドレスなんかより道着の方がよっぽどお似合いでしてよ!」
「うるせェェェェェェッ!」
打ち込み稽古用の吊り下げ砂袋をひたすらドツき回していたら、いちいち茶々を入れてきやがる。鬱陶しい。
アミーが来てからというもの、私の生活は一変した。
父が後妻とアミーばかりを溺愛するようになって、私をあからさまに冷遇するようになったのである。
おかげでこの女もどんどん態度がデカくなっていった。一番最初だけはかなりオドオドしていたはずだったと思うのだが。
何がお義姉様だ。その呼び方だけで気色悪くて仕方がない。
私はまぁ、はっきり言って元から結構短気な性格だったことは否定しないが、こいつが来てからは増々怒りが募るばかりだった。
姉から見た妹なんて別に大して可愛くもないし、大抵憎たらしいものでしかないとか聞いたこともあった気がするが……そんな軽々しいもんじゃない。
こいつの一挙手一投足がいちいち私の神経を逆撫でする。なんでこんな奴と同じ家で同じ空気を吸わねばならないのか。
あまりに毎日イライラしすぎて家の中の物に八つ当たりばかりしていた私は、またも父親に激怒され、一つの命令を下された。
「そんなに何かを殴りたければ格闘技でも習え」
完全に強制だった。抗議は一切認められなかった。
そのまま話は無理矢理ゴリゴリ推し進められて、屋敷に一人の格闘家が招き入れられた。
なんか、骸骨を象った仮面を常に被り続けている胡散臭い男だった。
体格が異常に逞しすぎて、格闘家として申し分ない気迫に満ち溢れていたのは間違いなかったが。
こうして、ナムイさんとかいう名前の覆面戦士の厳しい指導が始まった。
本当に厳しかった。マジで厳しかった。
しかし「身体を鍛えて物をブン殴る」という感触だけはまぁまぁ気分が良かったのでギリギリ何とか続けられた。
幼少期に淑女の嗜みだとか何とか言われて楽器を学ばされた時は、あまりにつまらなさ過ぎてあっという間にやめたが、格闘はまだ私の性に合っていたようだ。
「お義姉様ったらそんなに筋肉ばっかりお鍛えになって人でも撲殺なさるおつもりかしら!」
「早速お前の身体で味わってみるか!? あァ!?」
「おお怖い怖い!」
とりあえずアミーは終始一貫してウザいが。
……こうして無理矢理始めさせられたとは言え、いつしか私は格闘技を学ぶ中で一つ明確な目標を見出したのである。
そう……誰も逆らえないぐらい強くなって、筋力で我が家を支配してやろう、と。
夢が決まった私はより一層、鍛錬に打ち込んだ。
本格的に格闘技にのめり込むにつれ、家の敷地内でやるのはアミーの茶々が鬱陶しくて集中できないと物申した結果、私はナムイさんと共に山籠もりを始めることになった。
丸太を担いで山道を走ったり、でかい滝に打たれながら瞑想したり、崖の上から落としてもらった岩を下から叩き割ったり、その辺の魔物と激闘したり……。
……実際どれだけ沢山の魔物を叩きのめしただろうか。
最早この山籠もりにどれだけの日数をかけたのかすら思い出せないぐらい没頭していたが……ある日、とうとうナムイさんから告げられた。
「もうこれ以上、君に教えられることなどない……」
「えっ」
「君の力がどれ程の物になったか、最後に確認がてら、その大岩を殴ってみるといい」
そこには私の身長の倍以上デカい岩塊があった。
「これを……?」
「そうだ……ハイデマリー嬢、今の君なら……出来る!」
そこまで言われちゃやるしかない。
私は岩の前まで歩み寄って、腰を深く落として上半身を捻り……。
「激烈令嬢拳――――ッ!!」
一気にブチ抜いた。
……岩塊はいとも簡単に木っ端微塵になった。
「……今までありがとうございました、ナムイさん」
「ああ、実に見事だった……」
「これでイタヴェール家は私の物です!」
「あ、うん……」
私は上機嫌で山を下っていった。これでもう私に敵はいない。いないのだ。私最強。
父よ、アミーよ、首を洗って待っているがいい。
私の拳がイタヴェール家の歴史を全て真っ新に塗り替える時が来た……!
* * * * * *
……ハイデマリーが超高速で走り去った後、ナムイさんは岩の破片を一つ拾い上げて呟いた。
「ないわー」
* * * * * *
最早懐かしいとさえ感じるまでに久しぶりに帰ってきた我が家。
ウチの庭園ってこんなに綺麗だったっけ、もうずっと長いこと人の手が一切入ってない野山に籠りっきりだったしな……などと物思いに耽っている場合ではなかった。
父、後妻、アミーが揃って不在だったのである。
その辺にいた使用人を一人とっ捕まえて問い質してみた答えがこれ。
「旦那様たちなら王城の舞踏会に向かわれましたよ」
「何ィィィィーッッ!?」
なんたることか。
山の中で魔物の肉をカッ喰らって自給自足の生活を続けてきた私のことなど綺麗さっぱり忘れ去って、王城の舞踏会だと? ふざけるのも大概にしろ。
「……と言うかハイデマリーお嬢様、3年近くもどこに――」
「こうしちゃいられねェーッ!」
私は即座に屋敷を飛び出して王国首都へと向かった。
自分の足で。馬車なんぞ乗ってられっか。
* * * * * *
ところで私には婚約者がいる。
このミモレット王国の第一王子、クルト・アラービ・キーウィンナー。私とは同い年である。
この私ですら素直に認めるしかない程の唯一無二の美貌を誇る男性。
涼やかな眼差し、なめらかに流れる髪、細く引き締まった端正な体躯、透き通るような声……この世の芸術品と言う他ない。
彼の隣に立つ女性は公爵令嬢である私こそが相応しい。
私は、父の尽力によってクルト王子の将来の結婚相手となることを決められた10歳ぐらいの頃からずっと、そのように教わって育ってきた。
……そのはずだったのに。
何だ、今のこの状況は。
王城の舞踏会があるなら何故私を呼び戻さないのだ。
それはつまり王子の婚約者たる私の晴れ舞台だろうが。山籠もり修行なんかしてる場合じゃなかった。
私を差し置いてアミーだけ連れていくとはどういう了見だ。
まさか。まさか。まさか……!
嫌な予感に胸を締め付けられながら走り続けて、ようやく王城へとたどり着いた私は……。
とりあえずなんか門番が「そんな格好で入らないでください」とか言って邪魔してきたのはブッ飛ばしておいた。武道着の何が悪い。
という調子で人込みをかき分けながら大広間に入った私が見たものは……。
「……クルトッ……!?」
憎きアミーが意気揚々とクルトと手を繋いで踊っている所だった……!
「……ん?」
私の乱入によって場が騒がしくなってきたのにつられて、クルトもこちら側に向く。
目が合った。久しぶりに彼を見たけど本当に美しい……って、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「ハイデマリー……?」
「えっ……お義姉様……?」
アミーの薄ら寒いキャピキャピ声も久しぶりに聞いた。相変わらず背筋が冷える。
って言うかよく見たらアミーちょっと太ったなオイ。私が山で鍛えてる間にずっと屋敷で自堕落に過ごしてただろ絶対。
「クルト……」
周囲の参加者たちがどよめいているのを無視して、私はクルトの方へと距離を詰めていく。
途中でまたしても「何ですかその格好」とか文句をつけてくる奴がいたが、今度は軽く気合を入れて一にらみしただけで退散させてやった。
「どういうことよ! 貴方の婚約者はこの私、ハイデマリー・ハクサ・イタヴェールでしょうが! 何で違う女と踊ってんのよ!」
「ああ……そんなことか……」
「そんなことって何よ!」
とりあえずアミーがさっきからずっとクルトの手を握って寄り添っているのが私に対して不敬すぎる。
今すぐ修行の成果を顔面に叩き込んでやろうか。その無駄に増えた贅肉を全部削ぎ落とすぞコラ。
「すまないハイデマリー。僕はもう……君の気持ちには応えられない」
「は?」
クルトが自分の前髪を一撫でしながら告げる。
「そもそも僕は最初から君のことがあまり好みじゃなかった。いや率直に言って嫌いだった」
「は?」
「初めて会った時から短気でわがままで厚かましくて、世の中にはこんな酷い女がいるのかと辟易したよ」
「は?」
「その点アミーと来たらこんなにも優しくて器量よしで……更に伝説の聖女の再来とも称される絶大な魔力で、我が国を大いに支えてくれるのは間違いないときている。
イタヴェール公爵はなんとも素敵な女性を迎え入れたようだね」
「は?」
……さっきから何を言っているのクルト? ねぇクルト? ねぇ、貴方の婚約者は私よね?
「ハイデマリー、君の…………お前の父とも既に話はついている」
わざわざ二人称まで露骨に言い直すクルトの目つきは……明らかに、軽蔑の色を帯びていた。
私は背筋が凍るような感覚を覚えた。
「僕は今日、正式に『イタヴェール公爵令嬢』と婚約する」
「それは……わた」
「お前じゃない方の、ね」
……何だ。どうして。どうしてこうなった。何なんだ。一体どうして、何がどうなって……。
「だからこそ今、改めて言おう……!」
私が山籠りなんかしている間に、運命が全部狂ったとでも……?
クソッ……クソッ……クッソッッッ!!
もうやめろクルト、これ以上言うな……という私の気持ちを徹底的に踏みにじるかのように。
彼は傍らのアミーから手を離し、私のすぐ目の前まで踏み出た上で、こちらに向かって右手の指を力強く突きつけ……。
「クルト・アラービ・キーウィンナーの名の下に告げる!
ハイデマリー・ハクサ・イタヴェール! お前との婚約を破棄するッ!!」
一際大きな声で宣告した……!
「うおォォォァァァァああああああああああああああッッッッッッッ!!」
……瞬間、私はなりふり構わず両手でクルトの細っちょろい腰を掴んで、全力で真上にブン投げていた。
奴の上半身は天井に深々と突き刺さり、そのまま落ちてこなくなった。
あまりにもあんまりな状況に周囲も理解が追い付かなかったのか、しばらく誰一人として声を出せずに静まっていたが。
「で……殿下ァァァァァァッッ!?」
ようやく誰か一人が叫び声を上げた途端、その場の全員がギャーギャー騒ぎ始めた。
「何だこの女ァァァァァァッ!?」
「は、早くクルト殿下を助けろッ!」
「誰かあの女を早く捕まえろよッ!」
「極刑モンだろアレッ!」
ああうるさい。婚約者に裏切られて傷心の私をこれ以上イラつかせるなよ。
「ハイデマリィィィィィィイイイイイイイイッッッッ!!!」
なんか突然誰か、私の名前を叫びながら突撃をかましてきた女がいたが、とりあえず後ろ回し蹴りで迎撃しておいた。
「ィヴォォォォォォォォッ!?」
遥か彼方の壁まで一直線にブッ飛んでいくのを見て、私の蹴りの威力って人体をあんなに遠くまで飛ばすほどになってたんだなーなどとしみじみする。
「ルシアァァァァァァァァァァッ!!」
誰だルシアって。今蹴り飛ばした女の名前か?
と言うかよく考えたらアミーはどうした。クルトのついでにアミーにも一発ブチ込んでおくべきだよなこの場合。
「お、お助けぇぇぇぇ……ッ!」
四つん這いでのそのそと逃げ出そうとしているアミーを発見した。なんだ、腰が抜けて歩けないのか。
情けないったらありゃしない。私の修行の成果が凄すぎたせいか。
そのままさっさとトドメを刺してやろうか、と思っていたら。
「反逆者ハイデマリーを拘束しろォォォォォォォッ!」
何やら槍や剣を持った兵士が大挙して押し寄せてきた。
今なんて言った? 反逆者?
「反逆してんのは私を裏切ったこのクソッタレ王子だろうがァァァァァッ!」
とりあえず先頭の方から順番に殴り飛ばしていく。
「上等だオラァッ! 今から王城舞踏会改め王城武闘会の幕開けじゃァッ! 全員かかってこんかァァァァァァアアアッ!!」
私は全身の闘気を燃やし尽くす勢いで兵士の大群に突撃した。
「オゥァァァァァァァァアアアアッ!!」
向かってくる刃物を片っ端からへし折りながら大量の雑魚共を星にしていく。
なんかもう城の壁がどんどん穴だらけになっていくが、まぁそれぐらいは仕方がないものとして。
「おんどりゃァァァァァアアアアアッッ!!」
雑魚しかおらんのか。まったくどいつもこいつも修行が足りない。この程度で本当に王城の兵士が務まるのか?
「だ、駄目です! 止められませんッ!」
「強すぎだろあのバケモン!?」
「俺はもう逃げるぜ!?」
「本当に女かアレ!?」
どっかで物凄く失礼な言い草も聞こえた気がするが、どうせ全員ブチのめすからどうでもいい。
いくらなんでも強くなりすぎたか。まるで手応えが無い。魔物狩ってる方がマシだわ。
「ホジャァァァァァァッ!!」
「キュエェェェェェェッ!!」
「モヒュゥゥゥゥゥゥッ!!」
今これで何割ぐらい倒した? あと何人いるんだ。結構多いな兵士。
って言うかアミーどこ行った。あいつ始末しないと私の怒りは収まらんぞ。
とか何とかやっていたら。
「――――むっ!?」
背後から何かデカい力の気配。
何だ? 他の兵士とはどうやら質が違う――――
――――と、振り返った、瞬間。
私は、自分の腹に何か、非常に重く鋭い物が突き刺さる痛みを――――
「おッ――――!」
味わって――――
「ごあああァァァァァァァアアアアアアアアアアッッ!!?」
足が地面から浮き上がる感触を、最後に――――
一旦、私の意識は途切れたのだった…………。
* * * * * *
「酷い有様だな……」
「嵐が過ぎ去った後でもここまで酷くねぇだろ……」
「……ハイデマリーはどこまで吹っ飛んだんでしょうか……」
「さぁ、な」
「いやそんなこと言ってる場合じゃないって! クルト殿下は!?」
「あ…………」
* * * * * *
「…………っく…………」
ゆっくりと目が開く。眩しい。何がどうなっている。私はどうなった?
「はっ!?」
意識が目覚める。私は……眠りから覚めた?
「むおっ!? 起きたか!?」
「はい!?」
男性の声。振り返るとそこには老人がいた。やたら質素な服装の。
「何事!? どこよここ!?」
この爺さん誰よ。それより何よりどこよここ。
「い、いや……お主こそ突然空から降ってきて一体何があったのかね……?」
「空から!? 私が降ってきた!?」
何、あの乱闘騒ぎの末に突然腹にデカいのを一発貰ったと思ったら、そのまま気絶しちまったっぽい所まではギリギリ思い出せるのだが……私は城の外までブッ飛ばされていたのか?
改めて周囲を見渡す。
多少人間はいるが……これはどうやら……見るからに……。
「どこのド田舎よここ!?」
「いやまぁ、田舎なのは否定せんがな……」
マジでどこなんだこの農村。城を突き抜けて城下町をすっ飛ばして、こんな山林に囲まれた辺鄙な場所まで私は飛んできたのか。
一体どんだけの威力があったんだ、あの時の一発は。
と言うより一体誰だ。たった一発で私をこんな所まで殴り飛ばした奴は。
「そもそもあんな空の彼方から吹っ飛んできて何で平気なんじゃお主……」
「そんなことはどうでもいいから! ここはどこだって聞いてんのよ!」
こんなボケた爺さんと会話してても埒が明かないんじゃないか。もっとまともな奴を連れて来いよ。
「村長ォォォォォォッ!!」
「いきなり何じゃ!?」
とか思ってたら比較的若そうなのが叫びながら乱入してきた……いやよく見たらやっぱり割とオッサンだったわ。
「裏山の大穴から怪虫の魔物がぞろぞろ湧いてきてんぞッ!!」
「何じゃとォォォォォォッ!?」
って、いきなり何の急展開!?
「魔物ォ!?」
私もつられて大声で反応してしまった。
「誰だアンタ!?」
「んなこたァどうでもいいから裏山ってどっちよ! 今すぐ潰しに行くわ!」
「はいィ!?」
「本気かお主!?」
どうやら村長だったらしい爺さんと後から来たオッサンが揃って私の正気を疑うような目を向けてくるが、魔物の襲撃なら時間を無駄遣いしている場合じゃないだろうに。
「いいからさっさと教えんかァァァァァッ!!」
私は左右の手でそれぞれオッサンと爺さんの頭頂部を掴んで持ち上げながら盛大に揺さぶった。
「ぶぇぇぇぇぇッ!?」
「ふおおおッ!? 裏山はあっち! あっちじゃからやめてくれ!!」
爺さんが指を差しながら言う。
「よし来た!」
二人を手放す。時間が惜しい。今すぐ突っ走らなくては。正直ちょっと腹が減ってきたような気もするが、それぐらいは後にしよう。
駆け足登山なんぞ慣れたものだ。
とにかく私はもっと強くならなくてはならない。
私を不意打ちでこんなド田舎までブッ飛ばした輩を、今度は私がもっと遥か彼方までブッ飛ばしてやるためにも。
つまり修行だ。まだまだ修行あるのみだ。故に戦うしかない。魔物をこの世から根絶するぐらいの勢いで私は戦い続ける他ない……!
「うぐ……しかしまさか、あの『地獄の入り口』とまで呼ばれた奈落の底が、魔物の巣になっていたとは……!」
「……もう行っちまったぜ村長……」
* * * * * *
「アイツかァッ!」
程々に斜面を登った所で、アリをそのまま巨大化させたみたいな気色悪い魔物の姿が見えてきた。人間よりちょっとデカいぐらいか。
まぁ……別に大した敵じゃないことぐらいは気配でわかる。
「オラァッ!」
とりあえず先頭の一匹の頭を粉砕する。所詮は虫だ。この程度の硬さなら楽なもんだ。
異変に気付いた他の虫共も揃って私の方にワラワラ寄ってきたので、漏れなく全部叩き割っていく。
やがて怪虫が這い出てきたという問題のデカい穴を発見した。
あの奥に……なんかこう、親玉でもいるんだろ。
よし、一気に殲滅する。
私は全力で助走をつけた上で跳躍し。
「電光令嬢脚――――ッッ!!」
虫共を蹴りに巻き込みながら大穴に突入した――ッ!
「ぬおォォォォォォォォッッッ!!」
…………。
…………穴、深くね?
「づァッ!!」
微妙にそこそこ長い落下時間の末にようやく着地した。
そこで一つ重大なことに気づいた。今更のように。
「…………やっべぇ!!」
穴が深すぎて地上の光が全然届かないから周りが真っ暗で何も見えん……ッ!
これはしくじった。まずい。マジで周りに何があるのか全くわからん。魔物の気配は確かに周囲に溢れているが。
「……っは!?」
あ、そうだ、気配だ。気配を読めばいいのか。
人間の知覚は目だけに非ずだったわ。私はあえて両目を閉じて意識を集中した。
「そこかァッ!」
左手の拳を突き出して虫の頭を粉砕した感触を得る。よし、さっきまでの戦いと全く変わらん。これならやれる。
またしても虫共が私に向かって寄り集まって来たことも察知できる。なんだ、暗闇ぐらい大した問題なんかじゃないな。音と臭いがあるなら十分だ。
「うっしゃァッ!!」
やはりちょっとデカいだけの虫の群れ如き、私の敵ではない。やるか。
私は周りの気配が途絶えるまで拳と蹴りを振るい続けた。
多分もう手足が虫の体液でぐっちゃぐちゃになってるのが感触でわかるので、早く終わらせて風呂に入りたい。入らせて。仮にも女の子よ? 私。
とりあえず奥の方に一際デカい気配を発見した。多分これが怪虫の親玉だと思う。
相変わらず全部真っ暗で何も見えないが、気配察知がだんだん冴えてきた。敵の形状まで大体理解できる。
今までの雑魚と比べても身体が格段にデカい……特に尻尾……いや虫だから腹か? 異常にデカい腹がついている……さしずめ兵隊アリを産む女王アリか?
ならばコイツをブッ潰せばこの群れはもう繁殖できないはずだ。
もう本当にさっさと終わらせたいし早急にブチかましていくか。よし。
私は助走をつけながら右手に闘気を収束させた――ッ!
「爆熱令嬢拳――――ッッ!!」
* * * * * *
「……なぁ村長」
「うむ……怪虫の襲撃が本当にやんでしもうたな……」
「いやいやそんなことよりだな。結局あのお嬢ちゃん、誰?」
「……全然わからん」
「えっ」
「いや、マジでわからん……突然空から降ってきて気絶しとったし……」
「……とうとう村長もボケたか……」
「ボケとらんわ!」
* * * * * *
…………やれやれ、虫は声とか出さないから断末魔の叫びも無くて物足りないな。
数ばっかり多いだけの雑魚の大群なんかいくら蹴散らしても、今更私の経験の足しにはならないか。
まぁ精々気配察知がちょっと上手くなった気がするぐらいかな。
「ふんッ!!」
無駄に縦に長い穴をどうにかよじ登って帰ってきた。ええい太陽が眩しすぎる。
あの雑魚共、なんでこんな深いの掘りやがった。おかげでちょっと疲れたっつーの。
もういい加減腹も減ってきたし、ひとまずさっきの農村に戻って食事でも用意させるか。
私は村の危機を救った英雄なんだから喜んで馳走してくれるだろ……絶対させてやる。
さて、もうひとっ走りといくか。待ってろよ農民共。
「ギュェェェェェッ!!」
「村長ォォォォォォォォォォオオオオッ!!」
「ぬぉァァァァァアアアアアアアアッッ!!」
……到着したら今まさに家一軒よりデカそうな怪鳥がさっきの爺さんを掴んで飛び立とうとしていた。
オイオイオイオイこんなことってある?
「まだいやがんのかよッ!!」
クソッ、こうなったら報酬を更に三倍要求してやるッ!
こっちだってもういい加減疲れてんだから大概にしろってェのッ!
「うおおォォォォォォオオオオッ!!」
私は再び助走をつけて、怪鳥の頭よりも高く跳躍した。
縦に高速回転を加えながら奴の脳天に迫る――ッ!
「斬空令嬢脚――――ッッ!!」
ドタマにめり込んだ右脚をそのまま一気にブチ抜く――ッ!
「ギュァァァアァァアアアアアァァアアアアアアアアアッッッ!!!」
……これよこれ。やっぱり魔物はこれぐらい叫んでくれないとね。
まぁ……脚がますますべっちゃべちゃに汚れたのは気に食わんが。
「お嬢ちゃん!?」
「た……助かった……のか……!?」
怪鳥の頭がきっちりカチ割れたのを確認した後、振り返る。
「なーにがお嬢ちゃんかッ! ハイデマリー・ハクサ・イタヴェール公爵令嬢様とお呼びッッ!!」
「はいィッ!?」
こちとら村を襲う魔物を滅ぼした救世主様やぞ。全村人総出で誠心誠意敬わんかいボケ。
* * * * * *
……というわけで、倒した怪鳥の肉を手刀でズバズバ捌いた後、村人共に命じて野菜と調味料も持って来させてバーベキュー大会を始めたのだが。
「…………こうして私はこんなド田舎の農村まで落ちてきたってわけよ。だから私は本来、こんな所でいつまでもグダグダと油売ってる暇なんてないの。
でも今日は流石にもう疲れたし、ここで一泊していってやるから、後で村一番寝心地のいいベッドを用意しなさい。まぁ大して期待はしちゃいないけど。わかった?」
と、一応の経緯語りをしてやった結果。
「……村長、どこからツッコめばいいんだ……」
「……最初から最後まで全部?」
やたら失礼な反応しか返ってこなかった。
「頭が高い!」
「ヒッ!? 申し訳ありませんハイデマリー様ッ!」
まったく、私がいなけりゃ今頃ここにいる全員が魔物の餌食だったってこと、ちゃんとわかってんのかっつーの。
尚、怪鳥の肉の味はそこそこだった。スパイスぐらいもうちょっと種類を取り揃えておきなさいよこの田舎者共が。
* * * * * *
一方その頃、ハイデマリーという爆裂台風が過ぎ去った後の王城では……。
「殿下はご無事なのか!?」
「クルト! 大丈夫!? わたしよ、アミーよ! ねぇ、わたしがちゃんとわかる!?」
「…………ぅっ…………」
「殿下ッ!」
…………。
「殿下ッ……!?」
「こ……これはッ……!?」
* * * * * *
「どっせェェェェェェいッッ!!」
「ガァァァァァァッ!!」
あれからクッソ地味な農村を出発した私は、新たな敵を求めてひたすら戦いに明け暮れていた。
足りんなぁ。全然強敵が足りんなぁ。
私はまだまだもっともっと強くならねばならないというのに、ロクな魔物がいない。
狼だか虎だかの獣型、大木のように太い蛇型、人間の3倍か4倍ぐらいデカい鬼型、異常に臭い花型……どいつもこいつも相手にならん。
歴史に語られる伝説の勇者とやらも、小さい魔物から順番にコツコツ狩り続けて実力を高めたとかいう話があったはずなんだが……もっと強い敵が出てきてくれないとなぁ。
あの時、不意打ちで私の腹を殴り飛ばした奴は本当に一体誰だったんだ……クソッ。
とにかく私はこの魔物狩りの繰り返しで、本当にちゃんとあの一撃に迫り、追い抜くことができるのか……?
「……ふぅ……」
私が王城舞踏会に乱入してブッ飛ばされたあの日から、果たして何日……何か月、戦いの旅を続けただろうか。もういちいち思い出せん。
途中で色んな村に立ち寄って、時として魔物の侵攻を食い止めたり、いっそ先制攻撃で群れを殲滅したりもしたが……。
どいつもこいつも私が素手で全部片づける様にあからさまにビビりやがって、なんか微妙に感謝の念が感じられん。おのれ。
もういい加減そろそろ私の成長も頭打ちなのか……?
…………と、悩んでいた頃。
「……む!?」
かつてない程にクソデカい魔物の気配を感じ取る。
なんかいる……絶対になんかいるぞこれ。
私は急いで山奥へと駆け出していった。もうこの辺が地図のどのあたりなのかもよくわかってないが。いや迷ってるわけじゃないからね?
……なんか明らかに滅茶苦茶重そうな足音がするな。ズシンズシンと。
「………………おお」
そうして遂に発見した気配の正体は……。
全身が真っ黒な鱗に覆われた、クソデカい竜だった。マジで山が一つ丸ごと動いているかの如きデカさの。
…………よし。
待ち望んだ強敵がそこにいる。迷う必要など無い。
恐怖? 私が魔物如きにビビる道理など無い。断じて無い。
見ただけでわかる。こいつを狩れば私は更なる高みに登れる。確実に。
竜なんておとぎ話の中だけじゃなくて本当に実在したんだな。ちょっと感激かもしれない。
そんな伝説級の化け物と今からガチ勝負ができるというわけだ。
なんとも胸が躍る話ではないか。私に格闘技を教えてくれたナムイさんがここにいたらなんて言うだろうな。
さぁ……とりあえずそろそろ取り掛かろう。
私は全身の闘気を点火した。
やるか。
「迅雷令嬢脚――――ッッ!!」
「ズオオオオオオォォォォォォォオッッッ!!」
私は初っ端から渾身の一撃をブチかましていった――――ッ!
* * * * * *
…………。
…………後日。
ミモレット王国の首都、王城にて。
「今なんかすごい音しなかった?」
「確かに……」
「敵襲だァァァァァァアアアッ!!」
「何ィィィィィッ!?」
「いきなり城から襲われたのか!? 城下町は!?」
「いやなんか、城の東側の壁が突然ブチ抜かれて誰か突入してきたそうです! 二階の!」
「何言ってんの!?」
「どんな敵だよ!?」
「何!? 敵は一人だけ!? はぁ!?」
「馬鹿な……!?」
「は、は、ははハイデマリーですッッ!!」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「マジ?」
「いいから早く応戦しろォォォォォォォッ!!」
「俺は逃げるぞォォォォォォォッ!!」
「待てェェェェェ逃げんじゃねェェェェェェ戦えェェェェェェッ!!」
「嫌だァァァァァァァァッ!!」
「ぬァァァァァァアアアアアッ!!」
* * * * * *
「ほげェェェェェ何やってんのよあんたたちィィィィィッ!! この聖女アミーちゃんを全力で守りなさいよォォォォォ死んでも守らんかいィィィィィィッ!!」
ああ懐かしい、この鬱陶しいキャピキャピ声。何もかも懐かしい。
本当に久しぶりに聞いたわ。今日で最後にするけどな。
「くくく……無様ねぇ……こんなのが私の義妹だなんて冗談にも限度があるってもんよ……」
いやぁ言ってるだけで本当に気色悪くなるな、こいつが私の家族とか。
城の兵士は既に何人殴り飛ばしたかもわからない。
なんなら私の姿を見ただけで逃げ出す奴も結構多かった。まぁそういうのもブッ飛ばした雑魚の身体で巻き込んでまとめて倒したのだが。
「アァァァァミィィィィィィッ……」
「ヒュィッ!?」
名前を呼んでやっただけでこのビビりよう。
こいつに復讐するのも私の目的のうちではあるが、ここまで情けない醜態を見せられると少々気分が下がる。
「ざまぁないわねぇ……まーた太ったんじゃないの? クルトと結婚してよっぽどダラけた生活でも送ってたわけ?」
「お、おおおお義姉様には関係なくてよ!?」
私には関係ないだと? 本来私が座るはずだった席を横取りしたような輩が何をほざいているのか。
「ちったぁ身体を鍛えなさい、私のように」
「無茶言うなし!?」
……さて、こんな無駄な問答にグダグダと時間をかけても仕方がない。
こいつはさっさと処理して――――
「――――ッ!?」
――刹那。
後ろから突然超高速で迫ってきた「何か」を弾く。
「……ああ」
振り返って敵の姿を視認……。
……ああ……成程、そういうことだったのか。
今全てを理解した。
そう。
あの時、私を城からド田舎まで一発でブッ飛ばした奴の、その正体を。
「……見違えたぞ、ハイデマリー」
「父上……ッ!」
……ハインツ・シューマ・イタヴェール公爵。私の実の父。
そうか、以前の私は父親に敗北していたのか。その事実を認識することすら出来ずに。
かつて暗闇の中で怪虫の大群を相手取って、気配察知だけで戦い抜いた時の経験が活きたか。
これ喰らってたらまたあんなカスみたいなド田舎まで飛んでたのかな。まったく。
「お、お義父様ッ! やっちゃってくださいッ!」
後ろから飛んでくるアミーの野次がすこぶるウザいが、流石に眼前の父上から目を逸らすわけにはいかない。
いやまさか、ここで父上を相手取る羽目になるとは、ね。
「……気づいているか、ハイデマリー。今日は丁度お前の誕生日だ。20歳のな」
「あら、すっかり忘れておりましたわ。祝杯は父上の鮮血であげましょうか」
「抜かしおるわ」
……私もう20歳だったの? 修行に没頭しすぎて何日、いや何年経ってたのかすら一切数えてなかったしなぁ。
「どうせなら拳を交える前に父上には一つ聞いておきたいことがあります」
「ほう、言ってみろ」
お互い戦闘態勢に入りながら言う。
「クルト王子の婚約者は私だったはずです。何故私を差し置いてアミーなんぞをクルトと結び付けたのですか」
「知れたことよ。そもそもお前」
「神速令嬢拳――――ッッ!!」
「ンヴォォォォォォォォォォォオッ!?」
父上の腹に全速力の一発を突き刺す。
「きッ、きたねェェェェェェェエエエエエッ!?」
後ろからアミーの非難が飛んできたが、それは別にどうでもいい。
「おッ……おまッ……そこは最後まで……ッ!!」
今の技は拳ではなく両脚に闘気を集中させて、踏み込みの速さだけを徹底的にブチ上げることに賭けた一発なので、これだけで父上は倒しきれない。
ので。
私はすぐさま「次」に移った。
「あ…………」
両手を一旦引いて腰を深く落とした私の姿を見て、父上がすこぶる間抜けな表情を晒していたのが目に入ったが……構わず。
ブチかます――ッ!
「どぅォりゃァァァァァァァアアアアアアアアアアッッ!!」
「ゴァァァァァァァァァアアアアアアッ!?」
ひたすら殴る。殴る。何発でも殴る。百発でも二百発でも殴る。父上の全身がどれだけへこむかも気にせず殴る殴る殴る殴る。
殴って殴って殴って殴ってボコボコのベコベコにして――
「千手公爵殺ッッッッ!!!」
仕上げに上半身の捻りを加えた右拳を――――ぶっ放すッ!
「ハイデマリイイイイィィィィィィィィィィィイイイイィィィイイイィィイイイイイイイイッッ――――――!!!」
城の壁をブチ抜いて遥か彼方まで飛んでいった父上は、もうそのまま見えなくなった。
どこまで行ったのかなど、最早私の知ったことではない。ないったらない。
「……ふっ……一度は不意打ちで私をブッ飛ばした奴が、今度は自分が不意打ちでやられてりゃ世話ないってのよ……」
まったく、お粗末な決戦だった。そうとしか言いようがない。
どの道、アミーをイタヴェール家に迎えた際に嫌味を飛ばした私に対して、拳骨を振り下ろした父上もまた、その時から既に私の復讐対象だった。
一度私を不意打ちでド田舎までブッ飛ばした一件まで加味して、これで私は最大の怨敵を無事にブチのめしたというわけである。
終わってみればなかなか呆気ない話だ。
結果的にはこの戦いのために、あんな馬鹿デカい竜まで退治して腕を磨いてきたというのにな。
…………あの竜、私が始末しなけりゃ今頃この国にどんな被害をもたらしてたんだろうか。
まぁ……それはもう、今更ゴチャゴチャ夢想しても詮無い話だ。
「……さて」
とりあえず父上は始末した。あとはもう消化試合でしかないが、アミーとかを……。
「…………チッ」
後ろを振り返ったら既に誰もいなかった。
あの女、私が戦ってる……もとい、父上を秒殺している間に逃げたか……。
何、どうせまだそんなに遠くまで逃げられるはずもない。
あんな運動不足丸出しの身体でな。
女は痩せすぎているよりは肉付きが良い方が男に受けるなんて価値観は古い。筋力で全てを解決しろ。力こそ全てだ。
* * * * * *
そういえばさっきからクルトの姿を全然見ていないなと思い出した私は、本人の部屋にまでやってきた。
「さぁクルトォォォォォォッ! アミーを排除した上で私の靴の裏を舐めて一生の忠誠を誓うってんなら千億歩譲って許してやらんでもないわよォォォォォォォッ!」
の、だが。
「クルト! いつまで遊んでんのよ! 今すぐ逃げるわよ!」
最初に聞こえたのはアミーの声だった。ここに逃げ込んでたんかい。
……と思いきや。
次に聞こえたのが。
「クルト・アラービ・キーウィンナーのなのもとにつげる~。
ハイデマリー・ハクサ・イタヴェール~おまえとのこんやくをはきする~」
……はい?
「ああんゆるして~クルト~わたしがわるかったから~~。
うるさいぞハイデマリ~~にどとそのかおをみせるんじゃない~~あははははは~~」
…………え、何やってんのこいつ。
「おッ……お義姉様ッッ……!?」
アミーがこちらに向く。いやそれはさておくとして。
クルトはさっきから両手におもちゃ人形を握って何をしている。本当に何をしている。って言うかこれ本当にクルト?
私は気づいたら20歳になってたらしいが、確かこいつも私と同い年のはずなんだが……。
「アミー……」
「え、いや、お義父様はまさか……」
「そんなことはどうでもいいから答えなさい」
「はひッッ!?」
クルトらしきデカい子供はずっと、人の話も聞かずに一人人形劇に没頭している。不気味極まりない。
これをクルトだと認識することを私の理性が死ぬほど拒絶している。
「……そいつは、一体何をしているの?」
右手で指を差しながら尋ねる。
ロクな答えが返ってくるとは思えないが……流石にこれを聞かないわけにはいかない。クルトの本来の婚約者として。
「あの……これは……」
「早く答えなさい。早く」
「んィッ!?」
さっきからずっとクルト(仮)のふにゃふにゃした遊び声が気持ち悪すぎて理性が死にかかっているので本当に早くしてほしい。
おいハイデマリー役のお姫様人形をそれ以上いじめるんじゃねぇ。
「こ、これは……これはですねッ……」
どもってんじゃねーよボケ。
「お義姉様のせいなんですよ!!」
「あァ?」
この期に及んで私に責任転嫁かコラ。
……と思いきや。
「お義姉様があの舞踏会の日にクルトを真上に放り投げて天井に突き刺さってからというもの、その衝撃でクルトの頭はもうずっとこんな調子なんですよ!!」
「…………え、マジ?」
……本当に私のせいだった模様。
「ああ可哀想なクルト! こんな暴力女と結婚させられそうになってたのをわたしが救い上げたというのにッ!
どれもこれも全部お義姉様が滅茶苦茶やったせいよ! わかってるのお義姉様!? いえハイデマリーッッ!!」
…………。
「で、あの日から次期国王が幼児退行したのを後目に、お前は聖女の威光を振りかざして王宮で贅沢三昧で太り放題ってことかしら」
「オヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥウッ!?」
なんだその悲鳴。
うん、まぁ大体わかった。よーくわかった。とりあえず、まぁ……私は理解した。
…………このまま精神崩壊した次期国王とそれを食い物にする卑しいクズ妃の二人を国の頂点に置いておく道理など無いってことをな!
「暴風公爵拳――――ッッ!!」
「ぬはァァァァァァアアアアア覚えてなさいよハイデマリィィィィィィイイイイイイイイイイイッッッッ!!」
結局私はアミーとまとめてクルトも星にした。
一人人形劇の中で私の存在を「婚約破棄された途端に泣いて許しを請うゴミクズ」という役回りにしていたのが許せなかったから。
「…………これでこの国は私のものってことね」
片っ端から誰も彼も殴り飛ばしすぎて人がいなくなった城の中で、私は一つ呟いた。
* * * * * *
かくして!
ハイデマリーの圧倒的暴力によってミモレット王国の政権は崩壊した!
だがしかし!
ミモレット王国の隣に位置する軍事大国、カマンベイル帝国は一体どこからどうやって情報を掴んだのか、王国の中枢が無茶苦茶になったのを好機と見定めた!
あっという間に全力で武力侵攻に乗り出してきた非情なるカマンベイル帝国軍!
このままでは王国の罪なき一般住民たちが危ない!
そこでやむなく決起したのがクルト王子の異母弟、クラウス・キヌービ・キーウィンナー第二王子!
彼は一連の事態の大体の原因であるところのハイデマリーに対して告げた!
「我が国を散々に荒らした貴女が取り急ぎ帝国軍をなんとかしてください」
「上等じゃないの! なんか微妙にスッキリしない幕引きだったから私の怒りは全部帝国軍にぶつけてくるわ!」
「……マジすか」
こうしてハイデマリー対カマンベイル帝国全軍の壮大なる戦いが始まったのである!
頑張れハイデマリー!
負けるなハイデマリー!
ほとんどお前が招いた国家的危機なんだから自分で戦って責任を取れ――――ッ!!
* * * * * *
――――約三週間後、カマンベイル帝国の首都にて。
「た、隊長ッ、奴ですッ!!」
「ハイデマリーだァァァァァァッ!!」
「逃げろォォォォォォオオオッ!!」
「ば、馬鹿野郎逃げるんじゃねぇ!! 敵前逃亡は死罪だぞッ!!」
「うわあァァァァァァァァァアアアアッ!!」
「ひいィィィィィイイイイイッッ!!」
「戦え!! 戦えクズ共が!!」
「止めろ!! 絶対に食い止めろ!!」
「無理ッス!!」
「クソボケェッ!!」
「畜生がァァァァァァアアアアッ!!」
「カマンベイル帝国に栄光あれェェェェェェエエッッ!!」
「みんな早く逃げろォォォォッ!!」
ハイデマリーは敵兵の大群を次々と弾き飛ばしながら全力疾走していた!
「うおォォォァァァァああああああああああああああッッッッッッッ!!」
そのまま家屋より高く跳躍した後、全身の闘気を完全集中させた右脚を地面に叩きつける――ッ!
「天地女帝覇――――ッッッ!!!」
「のァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
街の広場は盛大な爆発に包まれた――――ッッ!!