六話 母と娘
私、セレーネ・アンリエットは前世と合わせて18歳です。
あれから二年が立ちました!そんな私は現在転生した世界でひとり魔術の練習をしています!
今日は初級水魔術を水球練習しようと思います。
まず、この世界で2級以上の魔術師は当たり前のように無詠唱で魔術を扱う。
それならばそれ以上での実力差はどこで出るのか?
それは魔術の発生速度と出力だ。
私は最初、無詠唱の魔力の使い方がよく分からなかった。
そう、詠唱のメリットは詠唱をしながら規模をイメージすれば、勝手に魔力をその魔術の形に作ってくれる。
後はそれを打ち出すタイミングを決めるだけになるのだが、無詠唱の場合、魔力を魔術の形にするのにも自身の力で作らなければいけない。
詠唱は確かに手軽だがデメリットとして時間が掛かる点、熟練同士の戦いだと、相手に何を放つか予測される、というデメリットがある。
特にレベルの高い戦いだと詠唱している暇はないし、火炎系の魔術で息をできない状態にすることもできる。
すると無詠唱が扱えない魔術師はたちまち無力化される。
今、私は無詠唱で魔術の練習をしている。
最近コツが分かってきたと思う。
まず、体中に散らばっている魔力を手元に集中させるようなイメージをつくり、それが成功すると手元がほんのりと温かくなるような感じがする、そうなったら自分が使いたい魔術━今なら水球━の威力やサイズを調節して、手元にある魔力を込める。
すると、正面で鈍い低音がした…
そういえば今出力調整してなかったかも…
おそるおそる目を開けると私の居る場所から20メートルほど先の壁に見事に丸い穴が空いていた。
ああ、やった…やってしまった。
その瞬間家の中から真剣を持ったフォリアさんが鬼のような形相で出てきた。
「誰だ!セレーネに何かしたらその首が飛ぶと思え!」目には凄まじいまでの殺気が込められていた。
この眼力で睨まれたら大抵の人は戦意をなくすだろう。
私はそっと手を挙げた。
「わ、わたしが、やりました。」
やっぱり前の世界の言葉に慣れているせいか、この世界の言葉を話すのはまだ難しい、どうしても片言になってしまう。
フォリアさんは周りを見渡して、誰も居ないことを確認すると、私の近くに来て「セレーネ、耳の力を使いなさい。」と静かに言った。
私は久しぶりに耳の力を使った。
この能力は双方の同意か敵から攻められたりした緊急時でないと使ってはいけないとされているからだ。
(どうしたんですか?壁のことなら口でも大丈夫ですよ。)
(壁のことじゃない、セレーネのことで聞きたいことがあるの)
(私のこと、ですか?)
(ええ、前々から三歳とは思えない程賢いと思っていたけど、セレーネ、貴方にはセレーネになる前があるのね?)
私はサッと血の気が引いた、私がセレーネじゃないと気づかれてしまった。
だけど、どうして?フォリアさんは今まで気づいていなかったはずだ。
じゃあ、今の今気づいたんだろう、どうして?
そこで私は、気づいた。
フォリアさんは襲撃があったと思って、完全に戦闘モードで私の元に来た。
本気の時のフォリアさんは能力を発動させている。つまり、私の心の声が聴き取れる状態だった、そこで私は前世の言葉に慣れてうんぬんと考えていた、で、フォリアさんはそれを聞き取ったと言うことか。
私はフォリアさんやラクロスさんを騙していたわけでは無い。
ただ、話すこともしなかった。
フォリアさんからすれば自分が腹を痛めて産んだ子供が他人だったようなもんだ、当然不快だろう。
そう考えているとフォリアさんが慌てたように「ちょっと待って!」と叫んだ。
(私はセレーネのことを責めてるわけじゃない)
(え、怒ってないんですか?)
(うん、セレーネに生まれる前の記憶が合ったとしてもセレーネはあたしの娘に変わりは無いよ)フォリ…お母さんはそう言って(言ってない)笑った。
話すことは話した。
もう能力は使わない、その代わり私のまだ拙いこの世界の言葉で感謝を伝えたい。
「お母さん…ありがとう。」
私はフォリアさんのことを初めてお母さんと呼んだ。
これからも喧嘩したり怒られたりすることもあると思う。だけど、母さんとこれからもずっと近くに居たい、そう思った。
すると母さんが「ラクロスには内緒にする?」と聞いてきた。
私は「ううん話しておきたい」と答える。
「分かった、ラクロスが帰ってきたら話しましょう。」そう言うと、家に戻っていった。
と思ったら背後から「それはそうとセレーネ?壁のことだけど今回は許すけど次にやったら覚悟なさいね?」と言う声が聞こえて、心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。
振り返るとにっこり笑っている母さんの顔が真後ろにあった。
「ひ、ひゃい」
こ、怖っ!母さん…その笑顔が怖いよ…確かに、怒られるよりよっぽど効くけども…
「魔術の練習をするなら、ラクロスに教えてもらったら?あの人2級魔術師だから。」と楽しそうにそう言った。
それは嬉しいことだ。
2級魔術師は魔術師全体の中で上位10%入るような実力者に指導して貰えるなんて、そんな機会はそうそう無いだろう。
つくづく私は恵まれた環境だと思う。
「はい、もしできるのであればお願いします。」私はそう答えた。
母さんはふふっと笑うと「ラクロスはセレーネが魔術を教えて欲しい、何て言ったらきっと喜ぶよ」
私の魔術のミスから始まった母娘の会話は私とフォリアさんの距離を大きく縮めた。
その夜、ラクロスに私が15年間の別の世界の記憶があることを打ち明けた。
ラクロスはそうか、と言っただけだった。
だが私が魔術を教えて欲しいというと、途端にだらしない、にやけた顔になって、大喜びしていた。その様子を私と母さんは顔を見合わせて苦笑してみていた。
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私の今度の人生は本当に恵まれている、優しくて強い母さんと父さん、可愛い兄、前世にはなかった、この幸せな生活を続けていきたい。
やりたいことは全てやろう、敵に対抗できるだけの力をつけよう、だって、もう後悔したくないから。