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三話 残る後味は?

 瑛士さんは私に、どう生きたい?と尋ねた。

 その言葉はどういう意味か考えていると一つ頭に浮かんだ考えがあった、私が学校だけでなく家にも居場所がないことを彼は勘づいて居るのではないだろうか?

 それだからこそ、遠回しに「どう生きたい?」と尋ねたのではないかと思った。

 そうであれば直接的に言うなら、「このままで良いのか?君のやりたいことは何?」という意味だろう。

 でも自信が無い。

 結局私は瑛士さんに「それは…これから私がどうしたい?、ってことですか?」と聞いた。

 彼はゆっくりと首肯した。そしてカフェオレに口をつけると、優しい沈黙が私たちの間に流れる。

 改めて考えてみる。

 まずこのままで良いのか?良いわけない。そんなことずっと前から分かってる、でもどうしたら良いのかなんて分からない……訳ではなかった。そう、先生に言うなり、明日香たちに抗議するなりやり方はいくらでもある。

 でもその中のどれも私はやってこなかった、それは私の臆病さと勇気のなさがそうさせた。

 今朝、教室での瑛士さんの声が、表情が頭を離れない。それはさながら少年誌の主人公のように見えた。

 そこで気づいた。瑛士さん、そうだ、私は瑛士さんみたいな人になりたい。

 私はまだ彼のことなんて全然知らない。それでも彼が優しいひとだということは分かる。私との会話の端々にも気遣いが見えるし、何より、彼は見かけたことがある、程度の人のために本気で怒れるひとだ。少なくとも私にそんなことは出来なかった。

 だから、そんな瑛士さんみたいにほかの誰かかのために本気で向き合い、隣にいられる、そんな人になりたい。

 そのためにはどうするべきか?決まってる。まず私自身のことを解決することだ。

 これまで私自身が向き合うことを避けてきたことに向き合わなければいけない。

 怖い、今まで見ないように、感じないように、心の奥にしまった現実を直視することが、堪らなく怖い。

 それでも、もう逃げない。

 逃げていてはいつまでたっても彼のようになど成れるわけがないから。

 「私は……今まで逃げてきたことに…向き合いたい…」

 改めて口に出すと手が震えた、もうこれ以上考えたくない、逃げ出したい、心がそう訴える。

 それを意思の力で押さえつけて言葉を続ける。

 「もう、逃げなくて良いように…自分の居場所を見つけられるように」

 その言葉と同時に私は、彼の瞳をまっすぐに見つめた。

 彼の瞳はひたすらに優しかった。

 嬉しそうに破顔させ「そう、俺も出来ることはするよ」と言った。

 不意に喉の渇きを覚えた。

 目の前のカフェオレを手に取り口に運んだ。

 カフェオレは少し冷めてきていた、気がつけば10分近く経っていたようだ。

 ふと、私のことを瑛士さんに話したい、そう思った。

 気付けば「あの瑛士さん私の話聞いて貰っても良いですか?」と口からこぼれ落ちていた。

 瑛士さんは「俺なんかで良ければ」と答えてくれた。

 私は彼に家のこと、イジメの原因や私の気持ちをしどろもどろになりながら話した。

 話し始めれば止めどなく言葉が、感情が、押し込めていた心の中に渦巻いた。

 時に怒りが、悲しみが、悔しさが、その全てが確かな痛みを伴って、私の固く閉ざした心に色鮮やかな風を吹かせた。

 無様にしどろもどろになって話す私を、彼は一言も発さずに真剣な表情で聞いていた。

 話し終わると不思議なことに、心が幾分軽くなっていた。

 前を見ると瑛士さんは「話してくれてありがとう」と何故かお礼を言ってきた。

 私は「あの、いや、感謝するのは私の方で…」と言った所で遮るように瑛士さんは「それより、今日は俺が急に話し掛けちゃったからびっくりしたんじゃない?」と聞いてきた。

 確かに最初は驚いた。

 でもその後一緒に話せて楽しかったし、何より、私に正面から向き合ってくれる彼が嬉しかった。

 「…最初はびっくりした、でも一緒に話せて楽しいと思ってる…」と彼に伝えた。

 …なんて恥ずかしいことを言ってるんだ私は。

 瑛士さんは「…そう言ってもらえると…嬉しい」と言って窓の外に目線を逸らした。

 彼の顔は赤かった、私もたぶん赤くなってる。そんな自分たちが可笑しくてどちらからともなく笑った。

 その後私たちは他愛ない話をした。

 趣味や好きな食べ物、好きな小説なんかの話を1時間ほどして、そろそろ帰ろう、ということになった。

 席を立ち、レジへと向かう…忘れてた…瑛士さんが払うのか、本当に申し訳ない。

 会計が終わると、店の外で瑛士さんと別れた、「それじゃあ、また」「うん、また」背を向け、それぞれの家に向かう、外はまだ僅かに明るかった、振り返ると瑛士さんの背中は少し小さく見えた。

 そうして家に帰ると珍しいことに母は家に居なかった。今日は少し早く帰ってしまったから、覚悟していたのだが。

 まあ、いないに越したことはない今のうちに部屋に戻っておこう。

 バッグからめったにないほど綺麗な宿題を取り出して、終わらせる。そして布団に入って今日のことを思い返す。

 改めて今日はいろいろなことがあった(ほぼ瑛士さん関連だけど)。

 特に喫茶店でした話は本当に私にとって良かったと思う。

 それに瑛士さんのことも知れた。

 彼は将来小学校の先生に成りたい、と言っていた。私は優しくて頭の良い彼に合っていると思った。

 そして、心にまだあの喫茶店の優しい時間が、口にはカフェオレの柔らかな甘みと苦みが残っている気がした。

   

      ―――――――――――

 

 私と瑛士さんはそれからもだいたい週に3回くらいの頻度で(あとの四日は瑛士さんは塾に行っているらしい)同じような私に不釣り合いなほどの幸せな時間を過ごした。

 イジメはあの日の一件以来あからさまなものは無くなった。

 母のことは中学校の間はどうしようもない、と言う結論に私と瑛士さんはたどり着いた。

 だからと言って、何もしませんでした、というわけではない中学を卒業したら、遠方の寮があって、奨学金制度のある学校を見つけて、そこに入学出来るようにすることが当時の課題だった。奨学金を使うためには一定以上の成績を入試で示す必要があったからだ。

 私は、当時学校のテストではせいぜい中の上と言ったところだった。

 そこで瑛士さんは私に勉強を教えてくれた、彼の成績は学年でも上位に入る成績だった。

 それに、彼は教え方も上手かった。

 私に分かりやすいようにキャラクターを例に出したり、身近な現象で説明したりと、とにかく分かりやすかった。その結果として期末試験では上の中の成績を取るまでになった。

 私は喜んだ、それが消耗の元に成り立つ平穏だと知らずに。

 

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