二十六話 信じる者は?
幸せな日常は当然、続くものだと誰に約束されたわけでもないのに信じてしまう。
それが砂上の楼閣に過ぎないと気づくのはいつも失ったあとだから――
森で人間を助けてから数か月が経った。
彼は、魔族のボクたちにも馴染んで、「仲間」として暮らしていた。
そんないつも通りのある日、それは起こった。
「さあ、今日もやりますかー」
パパが言う。
「はい、カリスさん今日もよろしくお願いします。」
と、彼―ポーンさんは言う。
最近ポーンさんはパパたちと狩りに出ている。
パパたちが準備を始め、しばらくして、準備を終えたパパとポーンさんは出口へ向かう。
そして、パパがボクたちにそれじゃあ、いってきま、とそこまで言ったとき、ボクたちはまるで脳をあぶった矢で弄られるような、壮絶な頭痛を感じた。
「う、グッ…アアッ…!」
激痛の中ボクは見た。
ポーンさんだけが狼狽するでもなく、心配するでもなく、そうなることを最初から知っていたかのようにただそこに立っていた。
そしてこう言った。
「思ってたより遅かったな」
するとパパを見下ろし、鼻で笑う。
「オ、オマエ…な…何のつもりだ…」パパが絞り出すように口を開く。
この頭痛は普段何ともないそよ風にすら脳を切り刻まれるような痛みがある。
喋る、と言う行為は自分の体を痛めつけることになるだから、今までボクも、ママもしなかった。叫ぶことすらできない。ただ狂いそうな痛みに耐えることしかできなかった。
それなのにパパはポーンに話しかけた。
ポーンは目の周りを飛ぶハエでも見るような目をしてこう言う。
「やっぱり、魔族どもの苦しむ姿は格別に面白いな!それに…」
ポーンはそこで言葉を切った。
そして、その目は嗜虐的な愉悦に染まる。
「馬鹿なんだよ、こんなところに人間がいるのをおかしいとも思わず、助けて、信じる!自分が生きる価値もないゴミ、ってことに気づかねえ!そうだろ?なあ!」
ポーンはパパの頭を踏みつける。
「ッ…ァガ…」
パパは声を上げることも抵抗することも出来ない。
それに動いたのはママだった。
土槍を無言で放った。
その魔術はポーンの心臓を貫いた。
そう、確かに貫いた、ように見えた。だけど気づいたときには、ママの背中に今ポーンの心臓を貫いたはずの土槍が刺さっていた。
「グッ…!う、そ…」
信じられない、と言うように痛みに耐えながらそう言った。
「だから、馬鹿だって言ったんだよ。」
ママの倒れている後ろに立ち、ポケットに手を入れ、葉巻を取り出す小さな火を魔術で起こし火を付ける。
「フゥ…俺はなあお前らを殺そうと思えばいつでも殺せたんだ、でも、ただ殺すのは飽きちまったんだ…」
紫煙をくゆらせながらそう言う。
その瞬間、一本の矢がポーンの頭を掠めた。
「おっと…!」
ポーンが身を躱した一瞬の隙を突き。
パパが能力を使い、ボクたちを助けてくれた。
パパは走る、その激痛を堪えているが、パパの肉体は限界を超えている。
目から口から血を出している。
「パ、パパ…ち…が」
ボクがそういうとパパは微かに笑うと
「だ、だいじょ…う、ぶだ…」
と言った。
でも、そんなはずはない、脳に激しい損傷があるのは明らかだ。
「あ、アビ…リア…お、おれは…もうだめだ…おま…えは?」
パパの言葉にママは弱々しく首を横に振る。
ママも背中の肺がある位置を土槍が貫いていた。
「ヴ、ヴェル…お、おまえは?」
自分たちがそんな重傷だというのにボクの心配をしている、ボクのことなんてどうだっていい。パパたちに生きて欲しい。
「だ、だいじょう…ぶ」
頭が割れるように痛い、ただそんな痛みより、パパとママがどこか遠くに行ってしまうような感じがして、それの方が怖い。
「アビリア…ヴェルに託そう。」
今までとは違って決意と諦めの混じったような、強くて、そして悲しい、声音でそう言った。
それを聞いたママも、一瞬びっくりしたような目をした。
だけど、パパと同じような声で
「ええ、そうね…」
と言った。
言葉の意味は分かる。
でも、分からない、分かりたくない。
どの言葉もボクにはあてはまらない、理性より先に状況を飲み込んだのは身体だった。
目から大粒の涙を流した。
頭が割れそうな痛みも、関係はない。
ただ止めどなく溢れ出る。
そんなボクに、パパとママは何も言わず抱きしめた。
「い…かな…で、ボクを…置いていかないで」
ボクはそう言った。願いとは別の方向に向かうことを理解していてもそう言わずにはいられなかった。
「大丈夫、あたしたちはいつだってそばに居る。貴方の力となって貴方を守るよ…」
そう言うママの頬を涙が伝う。
「アビリア…もう時間がない『受魔の儀』をしよう。」
ママは恨めしそうな目を一瞬して、そのあと頷いた。
「俺が…先にやるよ…」
パパはボクに近づくと
「見守ってやれなくて、ごめんな…」
と言ってから、続けてこう言う。
「我の命を代償にかの者に我が力を注ぎ給え。」
すると、パパは地面にドサッと崩れ落ちた。
生命が目の前から消えたのが分かった。
その顔は、とても安らかだった。
そして、ボクに魔力が流れ込むのが分かった。
ママがボクに言う。
「あたしたちはこんなに…なっちゃったけどヴェルには良い縁があると信じてる。だからなんとかアイツから逃げてね…」
そう言い、ボクの頬にキスをする。
そして、ボクの大好きだった笑顔を作り、その言葉を言ってしまった。
「我の命を代償にかの者に力を注ぎ給え。」
その時だった。
「ゴミどもはどこへ逃げやがった…あのジジイのせいで見失っちまったじゃねぇか」
ポーンだった。
不機嫌さを露わにして歩いてくる。
咄嗟に透明化する。
「ん?ゴミどもが死んでやがるな…国が試作してた広域魔術魔核損壊の影響か?」
ポーンが独り言を言う。
パパたちが命を懸けて繋いでくれた命だ。無駄にすることはできない、今は取り敢えず逃げよう。
そう考え、静かに立ち上がりポーンに背を向ける。
「ま、取り敢えず、こいつらの頭を切って魔核を取り出せばいいわけだ。」
(っ!?)
思わず振り返って奴を殺してやろう、という衝動に駆られた。
だが、皮肉なことに大切な人を失ったことによる感情の摩耗で反応は遅れ、理性が主張する時間があった。
(いや、今行ってもこの痛みじゃ、勝てない。でも、許しはしないいずれ復習する。)
そう考え、静かに歩き始めた。
そこからしばらく歩くと、痛みが消えた。
そこからは、当てもなく彷徨った。
頼る当ても、お金も、食糧すらもない。
そして、今に至る。




