二十二話 セレーネの世界 後編
セレーネの考えた、氷の像の劇は終幕へと向かおうとしていた。
色欲の悪魔彼は、邪悪な目を宿した。
そして、ニヤリと笑ったかと思うと、少女に手を伸ばす、彼は色欲の悪魔アムテリアに支配されていた、少女は目の前で何が起こっているのかを理解できず、いや、しようともせず、呆然としていた。
青年の身体は真っ黒に染まっているように見えるが、微かに体内では白い光が明滅していた。
そこで少女は消え、代わりにもう一人青年が現れた。
新たに現れた青年は真っ白な光を放っていた。
そしてそこには少女が映し出されたスクリーンがある。
そこに黒い青年が手を伸ばそうとする、白い青年はそれを止めようともう一人の自分を引き倒そうとする、しかし、もう一人の自分に突き飛ばされてしまった。
それでも諦めず何度も飛びかかるがその度飛ばされるそうしていても、埒があかないと判断したのか飛びかかることを止めた。
その代わりに、モニターを一瞥する。
そこには色々な感情が渦巻いた目をした少女がいた。
その少女に向かって、白い青年の口が微かに動いたような気がした。
その口は「さようなら」と言ったように見えた。
すると、青年の持つ白い光が、日光のような明るさで輝いた。
すると、黒い青年が苦しみだし、なんとか光から逃れようとするが光は辺り一帯を覆い尽くしていて逃げ場はない。
すると黒い青年はあと少しのところで手に入らなかった少女を求めてか、はたまた生への渇望から助けを望んだのかは分からないが、虚空に向かって右手を伸ばした。
しかし、その手を掴む者もその手で掴める物もなく、その伸ばした右手から崩壊し、最後は塵となって消えた。
そして、そこには白く輝く青年だけが残った。
すると、彼の身体も徐々に崩壊し始める。
しかし彼には自分が消えてしまうと言うのに、悲しみも、焦りも、恐怖さえも感じてはいなかった。
その代わりにあったのは自分自身よりも大切なものを守れたという安堵感だった。
そして、再びスクリーンを見ると、先程の表情から変わって、焦り、涙を流しながら自分に手を伸ばし、何かを叫ぶ少女の姿だった。
青年の心に一つの感情が宿る。
それは今まで不確かで鮮明では無かったが、今、青年はその感情、いや、衝動を理解した。
その時、彼は自身の崩壊を止めようと足掻いた、しかし、それで崩壊は止まらない。
もう全身が崩壊しようかと言うとき、奇しくも黒い青年と同じように残った手を伸ばした、すると、その手を誰かが掴んだ。
青年は驚いたと言うように目を見張る、そこにいたのは少女だった。
そして、青年がその手を強く握ると、ひび割れ、砕けていた、身体がみるみるうちに再生し、元の姿に戻ったのだ。
すると少女は手招きをして、青年を呼んだ、しばらく二人で歩くと、暖かな光の漏れる場所に着いた、そこに入れと言わんばかりに光っていた。
青年は辺りを見回し少女の姿を探すが、なぜだかどこにもいなくなっていた。
すると、青年は勢いよく、光に飛び込んだ。
そこでまた、舞台が変わる。
そして演奏される曲は暖かな光のように優しい曲に変わった。
明かりは朝日のように優しく、それでいて美しく輝く。
すると、少女が青年の身体を抱きしめている光景が目に入った。
青年はゆっくりと手を伸ばすと、少女の頬に、まるで赤子を扱うようにそっと触れる。
それに少女は一瞬びっくりしたように身を震わせたが、すぐに照れくさそうに頭をかきながら笑った。
そして、青年と少女はどちらからともなく、手を伸ばし抱きしめ合った。
物語はこうして幕を閉じる。
徐々に照明は暗くなり、消えた。
その後明るく光ったかと思うと、この物語に登場した、氷像たちが一列に並び、礼をした。
すると、大きな拍手が会場全体に響き渡る。
物語自体もかなり完成されているが、何よりあれだけ、丁寧に魔術を使った劇を出来るだけの魔術師に敬意を表したものだ。
その後も何か色々な演目が行われたように思うが、わたしは、あまり覚えていない。
そうして時間は過ぎた。
そして、ショーは終わりを告げた。
すると、私たちの元へセレーネと、怪盗のような男が現れた。
男は礼をするとこう言った。
「まずはセレーネさんを無断でお借りしてしまったことを深くお詫び申し上げます。」
そう言うと、彼は仮面を外す。
彼の素顔はイケメン、というほどでもないが、比較的整った顔立ちだった。
すると、彼は改めて自己紹介をした。
「改めて自己紹介させて頂きます、私は幻想術技団、団長のヴェンデッタ・アズリウスです。どうぞお見知りおきを。」
そして、名乗った名前に、わたしとセレーネは驚く。
ヴェンデッタ、その名前はよく目にする。
それはセレーネがよく読んでいる魔術書の著者名だからだ。
わたしも噂を聞いたことがある。
この世界に三人しかいない「魔帝級」に一番近いと言われる(なんなら魔帝級に成って良いと言われているという噂もある)一級魔術師だと、たまに耳にする。
すると彼は続ける。
「それにしてもセレーネさんの魔術はとても美しかった、見た目もさることながら、その操作精度の高さには私も驚きました。それにあのストーリーもセレーネさんが創ったもので、色々と想像の余地があります。」
そう言われ、当のセレーネは少し居心地悪そうにしている。
もう少し自信持てば良いのに、と思わないでもないけど、そういうところを含めてセレーネの魅力ではあるとも思う。
まあそれはいい。
わたしは少し疑問に思うことがあり、彼に聞いてみる。
「ヴェンデッタさんはどうして、術技団を創ろうと思ったの?」
そう彼ほど実力があるのなら、国や領主などと契約をして、指導者や守護者として、雇って貰う方が金銭的には良いはずだ。
それなのにそうしないのはなぜなのか、そう疑問に思った。
彼は顎に手を当て、少し考えると、こう言った。
「……まあ、そうですね、…魔術とは武力という風に思っている方が多くいるように思います、そういう人たちに魔術本来の面白さ、美しさというものを知ってもらいたかったからでしょうか。」
そう言われて、確かにそうだと思った。
わたしやセレーネは当たり前のように魔術を使えるので美しさや面白さを体感出来るが魔術を使えない人たちも多くいる。
そういう人たちにも魔術の面白さを知ってもらおう、ということだ。
「そうなんだ。」
わたしはそう言った。
ヴェンデッタが何か言おうとしたとき、声が響いた。
「ヴェンデッタさん!ちょっと手伝って!」
その声はそう言った。
ヴェンデッタはすぐに行く、と返してわたし達に向き直る。
「済みません、もう少しお話ししていたかったのですが、用が入ってしまいましたので私はここで失礼させて頂きます。」
わたしは咄嗟にこう質問した。
「また会える?」
その質問に彼は笑顔で答えた
「はい、運命とは縁とはそう言うものですから。」
そう言い残して彼は去って行った。
そして、わたし達はその後、屋台なんかを見て回り、存分に楽しんだあと、ノーアさんの家に帰る。
その途中、私はセレーネに何気なく聞いた。
「あの物語でもし、男の人がそのまま罪を犯してさ、そのあとでアムテリアが消えたら彼はどうなってたのかな?」
と、すると何かを噛みしめるようにセレーネはぽつりと言った。
「…多分、死ぬほど後悔して…それさえも何の価値もないし、…何をしてもしなくてもその罪に一生苛まれると思う。」
その答えにわたしは口をつぐむ。
その言葉には実体験でも話すような真剣さがあった。
セレーネはさらに続ける。
「…だけど、私は自分ができるかは置いといて、自分の罪も…受け止めて、犯した罪の分だけ…ううん、そうじゃなくて…自分のやったことは消えなくても…自分の存在が…誰か
の罪を犯さない理由になれた方が良いんだろうな、って思う…。」
そうセレーネは言葉を選ぶように、誰かに言い聞かせるように言った。
わたしはセレーネが口にする、その言葉はこれまで聞いたどの言葉より、彼女の祈りにも似た願いが含まれている気がした。
そのあと、家に帰り、明日、ここを立つ準備をする。
そして私は眠りに就いた、わたしは夢を見た。
セレーネが泣きじゃくっている夢だった、わたしはただ見ていることしかできなかった手を伸ばせど、声を出そうとセレーネには届かない。
そんな夢だった。
だけど、朝になったときには、すっかり忘れるそんな予感のある夢だった。




