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二十一話 セレーネの世界 前編

      ―――――――――

        アリア視点

      ―――――――――

 わたしはその幻想的な魔術に目を奪われている。

 魔術ならわたしやセレーネも得意としているから、そう驚くこともないだろう、とそう考えていた。

 でも違った。

 この人たちの使う魔術は魔術じゃないみたく綺麗だった。

 それはセレーネの様子からも窺えた。

 普段あまり感情を顔に出すことのないセレーネが目をきらめかせて、「わあ…!」と思わず零れたような声を出し、笑っていたことからもそれが分かる。

 特に空中で演技をする鳥仮面の人は凄かった。

 まず、わたしはどうやって浮かんでいるかも分からなかった。

 もしかするとセレーネなら分かっているのかもしれない、なぜならわたしよりも頭は良いし、魔術の腕もある、加えて彼女は無意識でやっているのかもしれないが、魔術に関係することだと、すぐに検討・解析しようとする癖があるからだ。

 そして、少しして、鳥仮面の人が空中でバランスを崩したように慌てている、わたしはそれをただ呆然と見ていた、すると視界の端でセレーネが動いた。

 瞬き一つの間に、取っかえ引っかえ魔術を放ち、鳥仮面の人を助けた。

 わたしは素直に凄いと思った。

 わたしがどうすることも出来ないとき、いつもセレーネは冷静だった。

 例えば、わたしが家族の仇を前に無理な戦いをしようとしていたわたしを止めてくれたり、もっと小さいことでは、買い物や仕事でちょろまかされそうになったりしたときも、セレーネが助けてくれた。

 でも、今回のセレーネは何か強い衝動に動かされたように、焦っているように見えた。

 そしてその時、灯りが消えた暗闇に包まれたのだ。

 ややあって、再び灯りが付く。

 わたしは目を見張った。

 そこにいつも見ている人物が舞台にいたから。

 そこに立っていたのはセレーネだった。

 セレーネは怪盗のような見た目をした人と同じような衣装を着ていた。

 そして私たちの方を見て口元にイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 セレーネがこの顔をするときは、わたしにとってもセレーネにとっても楽しいことが起こる予兆だ。

 すると、最初に現れたのと同じ、怪盗のような見た目の男が現れた。

 すると彼はこう言った。

 「今宵の宴楽しんでおられますでしょうか?今宵はゲストパフォーマーをお招きしております。どうぞ引き続きお楽しみ下さい!」

 彼がそう言い終えると、セレーネが手を掲げる。

 そして手を振り下ろした。

 するとこの会場全体に水球が展開された。

 水球の大きさは大小様々で空中の高いところにあるものや、地面近くにある水球もある。

 しかも水球の数は徐々に増えていく。

 そして見渡す限り闇に浮かぶように水球たちが展開される。

 セレーネが何かを凝縮させるように、手を勢いよく閉じる。

 するとその水球は瞬く間に凍り付いた。

 そして即座に氷は輝きだした。

 その光はさらに大きな光源から分け与えられたものだった。

 その光はまるで月のような優しい色をしている。

 その光をたどるように観客たちは、上を向く。

 そこには三日月のような氷の刃が浮かんでいた。

 そして、そこに音楽が流れる。

 わたしはその曲を知っていた。

 その曲はわたしのお父様とお母様が生きていた時にお父様の執事が何かしらの、行事がある毎に弾かせていた。

 「うちの執事はすごいだろう!」

 と、さも自分のことのように自慢するのがいつもの流れだった。 

 ああ、いけない。

 思い出したら悲しくなるだけだ。

 そうその懐かしい曲の題名は「月光の蝶」という。

 月光の蝶はその幻想的な曲調とは裏腹に、音楽家(ピアニスト)たちからは幻想の悪魔と呼ばれることもあるような難しい曲だ。

 それを今日それを奏でているのは怪盗のような見た目の男の人だ。

 彼は、そんな難曲をまるで子供用の練習曲でも弾いているかのように余裕な態度をしていた。

 それもただ余裕を持っているだけではない。

 彼のその指遣い一つでも、それだけで「芸術」と言ってしまえる美しさや儚さを感じさせた。

 そして皆が彼を見つめたとき、そこら中にあった氷が二つの大きな氷の形を成す。

 その氷像は、見る物に告げる。

 「自分たちこそが物語の主人公だ。」と、

氷像は一つは見る物の目を奪う美少女に、一つはどこにでもいるような青年の姿を成す。

 そしてその氷像(ひと)たちは動き出した。

 すると、氷で出来た森が現れた、そこに青年が歩いてくる、そして彼は辺りをキョロキョロと見回す。

 そこで彼は何かを見つけたようだった。

 彼は一本の木のもとに駆け寄り、木の実を取ろうとする。

 他の実もあったが、青年はその実以外は眼中になかったようだ。

 なぜなら、その実だけが不自然に光っていたからだ。

 彼はその実をもぎ取る。

 彼は手に取りしげしげと見つめる。

 少しして、彼はその実を口に運ぶ、すると彼の体内に、先程の明るい光ではなく、どす黒い禍々しさを感じる光が、僅かに灯った。

 

 そして舞台は変わる。

 今度はちょうどわたしの背と同じくらいの高さのある花畑を彼は歩いていた。

 そこで彼は目にした。

 そこに佇む少女の姿を。

 彼は一瞬動けなかった。

 少女の可憐さに、美しさに息をすることも忘れるほどに目を奪われてしまったからだ。

 すると、少女はこちらを振り向く、そして、そこで彼はこれが幻で無いことを理解したと同時に、少女に恋をした。

 そして、彼の体内に宿る禍々しい光が少し大きくなった。

 そして、彼らはどちらからともなく、近づく、そして二人とも手を伸ばす。

 そして彼らの手が触れ合うその刹那、ステージは暗転した。

 それと同時に曲が変わる。

 さっきまでは、幻想的で可愛らしい印象の月光の蝶だったが、今度は今にも壊れそうな危うさの上の平穏というような曲に変わった。

 ステージもさっきまで、明るい日光のような明るいものだったが、今は不穏さを感じさせる、日の落ちかけた夕方の空のような赤いステージに変わっていた。

 そこには手をつなぎ、並んで歩く少女と青年がいた。

 しかし、その幸せそうな時間の中にあっても、一際目を引くのは青年だった。

 青年の体内の禍々しい光…いや、炎は

 彼の体内を今にも焼き尽くさんとばかりに、燃えさかっていた。

 そこに、妖艶な雰囲気の女性らしい体付きに短い角と蝙蝠(こうもり)のような翼が生えたものが現れた。

 それは一目で悪魔だと分かった。

 その特徴はセレス教の聖書に載っている、ある悪魔の絵にそっくりだった。

 セレス教の唯一神レイディーアは神界にいる、他にも神がいたが、謀反や戦死によって残った神はレイディーアだけになった、レイディーアは謀反し、他の神を屠った神、アヴァンとその眷属を「悪魔」と定め、その悪魔たちの司る力を人間における禁忌とした。

 確かそう言う話だった。

 その中でこの悪魔は色欲の悪魔アムテリア。

 聖書によれば、アムテリアは色欲を司り、恋仲にある男女を引き裂く悪魔と言われている。

 しかし、神の力によって管理される世界に悪魔は直接的な干渉はしにくい、そこで悪魔は物に自身の能力を宿らせ、それに特定の形で接触すると、最終的にその人物に直接干渉出来るようになる。

 今は、まさにその瞬間だった。

 アムテリアは青年に耳打ちするように近づいた。

 その仕草一つからも溢れ出るエロスがあった。

 そして、その瞬間、青年は電撃を受けたように、その場で力が抜けたようにへたり込む。

 そこでまたしても舞台は暗転した。

 わたしは…いや、いまここにいる全ての人がセレーネの世界にのまれていた、彼女の創る物語に魅せられていた。

 

 続く

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