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十七話 過去の遺した物

   ―――――――――――――――――――

        三年前

   メソロジア内ブランリール領にて

   ―――――――――――――――――――

 俺はその日も、いつものようにヘンリー・ブランリールの屋敷へ頼まれていた品を持って行った。

 それから、これまたいつものように、ヘンリーと下らない雑談や次に欲しいものなどの商談をして、街の宿に泊まった。

 そして、翌日の朝、宿を出て、ホーリーレイクズに持って帰る品物を選んでいたときだった、街の青年が慌てた様子で走ってきた。

 そのただならぬ様子に周りに居た人は怪訝に思いながら彼に注目した。

 すると、彼はこう言った。

 「り、領主様とご家族が……し、死んで…いや、違う!殺された!」

 そう言うと青年はうっ、と下を向くと口を押さえたが、耐えがたかったようでその場で嘔吐した。

 俺は彼の言った言葉が頭の中でぐるぐると回り続けていたが、しかし、それの意味する事を理解することは理解することができなかった、いや、したくなかった。

 周りの声も、風景も何もかも俺に届くことはなかった。

 ただ無我夢中で奴の屋敷へと走った。

 それから10分近く走っただろうか?

すると、通い慣れた屋敷が見えてきた。

 近づくと人混みとそれを誘導する騎士たちの姿があった。

 屋敷を見たとき俺は大きな衝撃を受けた。

 その二階建ての大きな屋敷の屋根には異様なものがあったからだ。

 俺はそれ目にしたとき、叫びだしたかった。

 だが、叫び声は出なかった。

 代わりに出たのはうめき声のような、くぐもった声だけだった。

 俺が屋根に見た物はブランリール家の一家、従者が首だけで氷の槍に突き刺されている光景だった。

 身体から力が抜け、路面にへたり込む。

 そして頬を涙が伝い、地面を濡らす、それから堰を切ったように声と涙が溢れ出した。

 「あぁ…!う、うわぁ…!」

言いたいことや考えていること、そんなことは頭に浮かんでも明滅するばかりで形を成さない、溢れ出すのは悲しみだけだった。

 そのままどれほどの時間そうしていただろう?

 涙はとうに涸れ、声も出さず、ただ地面に蹲っていた。

 そこで声がした。

 「あんた、よくブランリール様の屋敷に出入りしてる商人だな?」

 そう言われて俺はようやく顔を上げた。

 そこには精悍な顔つきをしたがたいの良い、40代くらいの銀髪の男が無表情にも見える顔をして立っていた。

 俺はかすれた声でこう言った。

 「ああ、そうだ、ホーリーレイクズの商人ノーアだ…」

 「俺はメソロジア騎士団、警備自治部のクレイだこんなのでも一応隊長だ。」

 そう言うとクレイは手を差し出した。

その手は騎士という説得力のある分厚い手だった。

 俺はその手をつかむと立ち上がった。

 「ありがとう、あの光景が…少し…ショックでな…」

 そう口に出したとき、喪失感が押し寄せてきた。

 俺は奴らのことを商売相手以上に思っていた、俺は…奴にとって友人であれたのだろうか?

 そう考えてしまう。

 そして少しの沈黙があり、クレイが口を開いた。

 「……犯人は俺たち……いや、俺が、必ず捕まえて罰を受けさせる…」

 そう自分に言い聞かせるような、静かな怒りを滲ませた口調でそう言った。

 すると怒りは消え代わりに懐かしさと悲しみを混ぜたような表情をして。

「…ブランリール様は…あんたと話したことを周りに話して回ってたぞ」

 そう言った。

「…なんて…言ってたんだ?」

 それは本心からの問いだった。

 彼の在りし日の姿を少しでも知りたかった。

 クレイは、フッ、と笑うと

「ブランリール様はな度々街の住民たちを屋敷に呼んでは宴を開いていた、貴族も平民も関係なくな、そこで酒を飲むと、今回、ノーアはどこそこでこんな体験をしたらしい、とか俺は友人として思ってるが奴はどうだろう?とか俺に聞いてくるんだぜ?」

 そう言う彼はハハッ、と笑いながらも目からは涙を流していた。

 彼は誰に対しても優しかったし、領主としても優秀だったのだろう。

 この町は中央大陸内のどこと比べても活気があり、秩序も守られている。

 それが、いつまでも続くと誰しもがそう信じて、いや、信じるまでもなくそれが当たり前であるかのように思っていた。

 しかし、それは間違いであると残酷な運命は嗤う。

 俺は彼に釣られるように一筋の涙が伝う。

 今度は悲しみからではない。

 それは互いに友人でありたいと願いながらも伝えられなかった、亡き友と皮肉にも思えるが、今、ようやく互いの思いを確かめることが出来た嬉しさからだった。

 そして俺はふと疑問が頭に浮かんだ。

 「…ところでクレイさん、ヘン…ブランリール様の家族で生き残りは居ないのか?」

 その言葉にクレイは一瞬虚を突かれたような表情をして、それから大きくため息をつくと

 「…今から言うことは独り言です、くれぐれも他言せぬように。結論から言うと、当時あの()()()()()()()()全滅でした。しかし、偶然、ブランリール様のご息女アリア様は庭に出ていたそうで、彼女だけは生きています。」

 少しほっとした。

 ヘンリーの形見が何一つも無いとなれば、救いがなさ過ぎる。

 「そうか…それは…」

 そこまでしか言葉にならなかった。

 なんというのが正解なのか判らない。

 よかった、と言うには奪われた物が多すぎるし、不幸だった、と言えばヘンリーや彼女を否定するようなものだ。

 言葉が見つからないままの沈黙。

 それは俺とクレイの間にしか理解できない、別れの合図に思えた。

 そこで俺はクレイにこう告げた。

 「分かった…ありがとう、また何か用があったら言ってくれ。いつでも力になると約束しよう。」

 その言葉にクレイは眉を寄せ、困ったと言うように笑った。

 「ああ、その時は頼むよ…」

 だが、互いに分かっていた、もう会いはしないだろうということが。

 そうして、クレイと別れ、帰路に就く。

 行きの、爽やかさ、胸の期待はなく、代わりに、押しつぶされそうな重苦しい空気、いつもなら気づきもしない、荷台で荷物が鳴らすガタンゴトン、と言う音さえ、今の俺には不快だった。

 事件後、俺は仕事から離れた。

 理由は、事件後に一度だけ商談に出掛けようとしたことがあった。

 その時、馬車に乗ろうとしたとき、あの景色、皆殺しにされたあの景色が脳裏にフラッシュバックした。

 それから、過呼吸になり、他の社員たちに心配され、彼らの勧めもあって、俺は現役を引退して今の暮らしを始めた。

 一つだけ変わったことがあったとするならば、クレイとの文通を始めたくらいか、それは突然だった。

 ある時俺宛に手紙がきた、誰かと思えばそこには、クレイの名前が書かれていた。

 手紙を読むと、自身の近況や事件の犯人の正体も掴めぬままで申し訳なく思う。と言う謝罪も書き記されていた。

 もしかすると、知らず知らずの内に誰かに胸の内をさらけ出したい、理解して欲しい、とそういう風に願っていたのかも知れない。

 それは俺も同じだ。

 あの事件を目の当たりにした同士、近すぎず、遠すぎない、そんな関係性だからこそ、俺たち二人は本音で話せたのだろうと思う。

 一年後、俺はクレイから、犯人が次なる事件を起こしたと聞いた。

 それは、メソロジアではない、別の国の大臣だったという。

 氷の槍で脳天を射抜かれた遺体が発見されたらしい。

 その魔力の残滓があの時行使された魔術と、同じ物だったそうだ。

 しばらくして、やはりと言うべきか、犯人は捕まら無かった。

 以前と一つだけ進展があったとすれば、二度の暗殺事件から二つの事件は共に直前、容姿の特徴が似た女を目撃した者が居た事から、女を犯人として指名手配した事ぐらいだ。

 そして、暗殺者に人々は「死の厳冬」という仮名を付けた。

 それからまた何事もない日々が続いていた、しかし、このホーリーレイクズにボロボロの少女二人が現れたことで過去は今へと線を繋いだ。

 そして、俺の息子、アーサーは少女たちを俺の元へ寄越した、彼女を見たとき、身体に電流が走るような衝撃を受けた。

 アリアと俺、過去と今が交差した時、忌まわしき運命に、亡き友に、感謝した。

     ―――――――――――――

 「と、言ったところだ。セレーネ、君たちを襲撃したのはその『死の厳冬』だろう。」

 ノーアさんは、噛みしめるようにゆっくりりと、そう言った。

 「…ノーアさん、どうして貴方は私にその話をしたんですか?それは貴方にとっても苦しいことですよね?」

 そう絞り出すように言った。

 ノーアさんは、フッ、自嘲めいた笑いを浮かべると、こう言った。

 「さあな、もしかすると君に…もっと出来ることがあった、こうすれば良かったのに、そんな風に糾弾されたかったのかも知れないな…」

 その言葉に私の胸は、ズキンと鋭く痛んだ、まるで、私の気持ちを代弁したように感じた。

 その言葉に対して、死をもって、逃げた私には何かを言う資格など無いかも知れない。

 それでも、彼らの助かるIFのルートの中を彷徨うノーアさんに一つだけ私は言いたかった。

 「………ノーアさん…アリアも私も…そして何より、貴方の友人のヘンリーさんは…貴方に感謝していると思いますよ。」

 過去は戻らない、それなら過去が自分に遺してくれたものを忘れず、前を向いて、それを繫ぐことしか彼らにしてやれることはないから。

 しかし、人にはそんなことを分かっても、どうしようもない衝動が身を焼くこともある。

 もし、そうしたことが私にあったら、私は全てを呪わずにいられるだろうか。

 答えは出ない。

 いや、出ない方がいい。

 そう思いながら前を向く、すると、ノーアは涙を流していた、でもそれは後悔からではなさそうだった。

 私を見る目は先程より少しだけ、輝いて見えた。

 そうしていると、外から小鳥のさえずりが聞こえてきた、今日の天気は晴れになりそうだ。

 

 

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